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書評セッション
シーラ・ジャサノフ『法廷に立つ科学』
1-1 著作紹介
東京大学
教養学部附属教養教育高度化機構
特任講師 定松淳
2015/10/10科学社会学会第4回大会@東京大学本郷キャンパス
書誌情報
• Sheila Jasanoff, 1995,
• Science at the Bar
: Law, Science, and Technology in America,
• Harvard University Press.
• 渡辺千原・吉良貴之監訳、2015年、
• 『法廷に立つ科学ーー「法と科学」入門』
• 勁草書房。
• ジャサノフによる序文
• 渡辺・吉良による解説
• 判例索引の追加
本報告の目的
• 「科学、技術、そして司法システムのあいだの関係
をより深く精査するためには、私たちは、この領域
における今日の訴訟パターンの実用的な見取り図
が必要となる。」(p.15)
• 本報告の目的:「見取り図についての見取り図」
本報告の構成
• Ⅰ 全体としての要約
• Ⅱ ジャサノフ本人による見取り図
• Ⅲ 定松による見取り図
Ⅰ
全体としての要約
目次
• 第1章 科学と法の交わるところ
• 第2章 変化する問題、変化するルール
• 第3章 法が専門性を構築する
• 第4章 政府は専門性をどう語ってきたのか
• 第5章 科学のコミュニティーにおける法
• 第6章 有害物質をめぐる不法行為と因果関係の政治
• 第7章 法廷のなかの遺伝子工学
• 第8章 家族にかかわる問題
• 第9章 生と死のさまざまな定義
• 第10章 さらに反照的な協働関係に向けて
本書のテーマ
• 出発点:
「法と科学は社会のなかで相互に構築し合っている」20
(⇔法の遅れ)
• このような考えをとることで
• →①専門家の権威を脱構築できる
• →②科学/技術についての市民教育ができる
• →③司法の有効性を示すことができる
• Ex. 「司法と比べて大雑把な道具しか持たない行政には出しえないような
詳細で微妙な解釈原理の提供は、司法の肩にかかっている」229
認識論的視座
実践的視座
私なりにまとめると、、、
• 科学が、構築されるさま、脱構築されるさまを
さまざまな事例を挙げて描き出す。
• それはアメリカ社会の試行錯誤の歴史を学ぶこと。
• さまざまな事例 + 事例横断的に現れる裁判官
• ・・・アメリカにおける「法と科学」についての包括性
目配りのよさ
• 第1章 科学と法の交わるところ
• 第2章 変化する問題、変化するルール
• 第3章 法が専門性を構築する
• 第4章 政府は専門性をどう語ってきたのか
• 第5章 科学のコミュニティーにおける法
• 第6章 有害物質をめぐる不法行為と因果関係の政治
• 第7章 法廷のなかの遺伝子工学
• 第8章 家族にかかわる問題
• 第9章 生と死のさまざまな定義
• 第10章 さらに反照的な協働関係に向けて
科学者コミュニティーと
訴訟
Ⅱ
ジャサノフ本人による見取り図
第1章末尾より
「科学」と「技術」(p.23)
• 第1章 科学と法の交わるところ
• 第2章 変化する問題、変化するルール
• 第3章 法が専門性を構築する
• 第4章 政府は専門性をどう語ってきたのか
• 第5章 科学のコミュニティーにおける法
• 第6章 有害物質をめぐる不法行為と因果関係の政治
• 第7章 法廷のなかの遺伝子工学
• 第8章 家族にかかわる問題
• 第9章 生と死のさまざまな定義
• 第10章 さらに反照的な協働関係に向けて
• 第2章
• =実体法の3領域、すなわち製造物責任、医療過誤、
環境法において、裁判所の態度がどのように進展して
いったのか
• 第3章から第5章
• =司法判断がよい科学や正当な専門知、技術的合理
性の定義に与える影響
• 第6章から第9章
• =技術革新がもたらす倫理的、社会的、文化的含意
をめぐる論争を解決する能力が裁判所にあるのかと
いう問題
もう少し細かくいうと、(p.23)
Ⅲ
定松による見取り図
• (A)生命倫理
• ・・・・・・第8章、第9章
• (B)環境規制
• ・・・・・・第2章、第4章、第6章
• (C)専門家証人
• ・・・・・・第3章
大きく3テーマで考えてみてはどうか
(A)生命倫理
• 第1章 科学と法の交わるところ
• 第2章 変化する問題、変化するルール
• 第3章 法が専門性を構築する
• 第4章 政府は専門性をどう語ってきたのか
• 第5章 科学のコミュニティーにおける法
• 第6章 有害物質をめぐる不法行為と因果関係の政治
• 第7章 法廷のなかの遺伝子工学
• 第8章 家族にかかわる問題
• 第9章 生と死のさまざまな定義
• 第10章 さらに反照的な協働関係に向けて
生殖技術
延命技術
歴史的変遷(8章)
• ①避妊・中絶問題
• 1973年 ロー判決(三半期理論)
• 1992年 ケイシー判決(三半期理論否定)
• →②対外受精
• →③遺伝子診断
• →④代理母
• *ただし、ジャサノフはロー判決に好意的
• 「重要な法的・政治的コミュニティー(中略)が十分な説得力をもってロー判
決の核心部分を擁護するまで、ロー判決から20年もかかった」192
• 「ロー判決はケイシー判決で狭められたうえで再確認された(中略)事実を
既に指摘していた。(中略)ほとんどの男女にとって、中絶を決めるにあ
たって、妊娠よりも「生育可能性」のほうがずっと道徳的にわかりやすい境
界線になるということである」178
(A)から読み取れること
• ①アメリカ社会の20年にわたる試行錯誤
• ②まず問題が法廷に持ち込まれるというアメリカ文化
• *生命倫理の問題の特徴
• ①医師と患者という対面行為が出発点である。
• (医師は、患者の治療が目的。対立関係ではない)
• ②個人の選択→価値観が問われる。
• =司法に適合的
(B)環境規制
• 第1章 科学と法の交わるところ
• 第2章 変化する問題、変化するルール
• 第3章 法が専門性を構築する
• 第4章 政府は専門性をどう語ってきたのか
• 第5章 科学のコミュニティーにおける法
• 第6章 有害物質をめぐる不法行為と因果関係の政治
• 第7章 法廷のなかの遺伝子工学
• 第8章 家族にかかわる問題
• 第9章 生と死のさまざまな定義
• 第10章 さらに反照的な協働関係に向けて
歴史的変遷
• 第2章 変化する問題、変化するルール
=製造物責任、医療過誤、環境法において、裁判
所の態度がどのように進展していったのか
⇒一般大衆の期待の変化に応える
• 第4章 政府は専門性をどう語ってきたのか
=連邦政府の規制に裁判所が与えるインパクト
1960年代後半
(p.75)
70~80年代
(p.75)
特に第4章
• 1960年代後半
• 議会も世論もこぞって予防的政策決定へと連邦行政
機関を推し進めようとした。75
• 1970年代
• 司法府の権限を大幅に拡大する規制法令74
• =司法積極主義 → 「ハード・ルック審査」論
• 1980年代
• (司法が)行政の裁量に対し、より厳格な制限を課そう
として成功と失敗を繰り返した。74
• 1980年代中ごろ
• 行政の専門的判断をより尊重する敬譲的な審査方法
への揺り戻し74
ハード・ルック審査に対する評価
• 最終的には、「ハード・ルック審査」論が何よりも耐
用力のある理論であることが明らかになった。96
• 方法論あるいは手続きが間違っているのだと行政
機関にいうために「ハード・ルック審査」論を適用す
るのではない。そうではなく、行政機関がその行動
を選択した理由が十分に明らかに説明されていな
いというために適用するのである。96
(B)から言えること
• ①試行錯誤の歴史 (+最終的にポジティブな評価)
• ②科学的判断と行政的判断のギャップについての早
い段階での認識 (⇔日本)
• ③アメリカでの「予防原則」「リスク論」の位置づけ
• しかし、やはり「学者が同意していなければ無理ではないか」と言わ
れたので、「学問と行政の役割をはっきりさせなければならない。・・・学
者が一致しないという理由で決断しない、実行をしないということは、こ
のケースについてもはや許されないと思う。・・・」・・・
• ・・・医師としての科学的良心から考えると、私にとっては清水寺の舞台
から飛び降りるような気持がして、それ以前の私から離れ去って行くよ
うな感じがした。
• (橋本道夫『私史環境行政』1988年、p.p.134-5)
(C)専門家証人
• 第3章 法が専門性を構築する
法廷における専門家証人の使用やこれらの問題を
扱うために法が開発した手法について、繰り返し問
題となる認識論的・制度論的な論争に焦点23
第3章 法の文化⇔科学の文化
• 法が独自に行う「事実」の検証や認定は、紛争の解決と
正義の実現という法の目的に常に左右されてしまう44
• 当事者対抗主義(対審構造) ⇔ 専門家証人
• 古典的なコモン・ローの訴訟での裁判官は、(中略)証拠提出の管
理、その提示方法の組み立て、証人尋問などには、ほとんど、ある
いは全く関与しない46
• 両者が相手側に対しできるだけ不公平に言い争いを行った場合に
法的決定は最も公平なものになる53
• 証人の信頼性←態度・人柄・利害関心・言葉の巧みさ55
• 専門家集団内で科学的な有能性を確立するのとはほとんど関係
のない戦術で、自らの信頼性を確立しなくてはならない50
• 訴訟ではいかなる戦略的な目標も許されうるが、このことは自らを
偏りのない観察者として考えるように訓練された人々の神経を逆
なでする50
歴史的変遷
• 1923年 フライ基準
• =その推論が根拠となるものについては、関連す
る特定の分野での一般的承認が得られているほ
どに十分に確立されていなくてはならない。63
• 1978年 衡量アプローチ
• 証拠がもつ価値と、陪審員を誤解や混乱に導く可
能性とを比較衡量する権利が裁判所にあることを
再認64
• 1993年 ドーバート判決
• 裁判官には科学的証拠が適切か不適切かを見極
める義務がある17
(C)からいえること
• ①アメリカの試行錯誤の歴史
• ②「法の目的のために何を科学としてみなすかを
宣言する権力を、法は用心深く守っている」226
• *第3章誤訳(p.64 のl.1~)
• フライ判決は、普遍的な合意(すなわち一般的な合意)
にいたっていなくても
• ↓
• フライ判決は、普遍的な合意にいたっていなくても(す
なわち一般的な合意)
(A)(B)(C)総じて、、、本書の意義
• アメリカにおける「法と科学」の試行錯誤の歴史
• ①「まず訴訟提起」という文化
• ②科学と行政、科学と司法とのギャップについての自覚
• ⇒日本との「科学と社会」の関係性の違い
• ⇒「アメリカ化」「アメリカモデル」が暗黙の前提とされが
ちな日本社会の将来を再考するための見取り図が得ら
れる。
より詳細に見ていくためには、
• 事例間の性質の違いに注目する必要(⇔法と“科学”)
• EX.遺伝子組換え技術(第7章)、原子力発電所
• (産業の存続の可否には踏み込まない、踏み込めない)
• (A)でも(B)でもジャサノフは、試行錯誤の歴史について
究極のところ肯定的だが、この二つの事例にはシニカル
なまま終わっている。
• より詳細に見ていくためには本書を読み破る必要がある。
原子力関連訴訟(いずれも最高裁)
• ①ヴァーモント・ヤンキー原子力発電会社対天然資源
保護協議会事件(1978)
• 「下級裁判所が命じた手続きは誤った方向に導くもの
で不適切であるとしてそれを破棄 」
• ②ボルチモア・ガスアンドエレクトリック社対天然資源
保護協議会判決(1984)=高レベル放射性廃棄物
• 「この種の科学的な決定を審査する場合には、単純な
事実認定とは異なって最も敬譲的でなければならな
い」
• ③メトロポリタン・エディソン社対「核エネルギーに反対
する人々」事件(1983)
• TMI原発の再稼働に関する人々の恐怖を「環境への
影響」として扱うことを拒否。
ジャサノフの評価は、、、
• 裁判所がこの結論を問題ないとしたのは、原子力に対
する国家的な依存への裁判所の自覚的な配慮と、技
術的な楽観主義という文化を原子力規制委員会と共
有し、それに参与していることを(略)反映している。
(p.90)
• これらの訴訟は原子力技術者が安全で効率的なエネ
ルギー源であるとみなすものに対しそこそこのモラトリ
アムを与えるだけだった(略)。専門家の意見を司法が
是認してしまうと、専門家と彼らの技術的予測に対す
る公共的な信頼を大きく高めることもないまま、技術的
な争点について議論する重要な場を閉ざしてしまうこ
とになるだろう。(p.137)
• テクノロジーにとって訴訟は、原子力の場合と同様、時
間をかけて、反対を後押しするのではなく、沈静化す
る役割を主に果たしてきたのである。(p.147)

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