京都大学文学部・大学院文学研究科2018年度後期特殊講義（メディア文化学専修）で2018年12月に用いた資料です。これまで米国のコンピューティング史を研究してきた経験から、米国のアーカイブを訪問して一次資料を調査するときの留意点についてまとめました。

1. 米国のアーカイブで
一次資料を調査する
杉本舞

2. アーカイブ(archives)とは？
一次資料を含む歴史資料を保管する文書館のこと。
• 手書き資料なども保管しているため、普通の図書館とは
やや異なる。
Archives, Special Collection, Manuscript Division, Rare Books
Divisionなどと呼ばれることが多い。
大学、研究所、博物館、企業に併設されていることが多い。

3. とにかく一次資料を見ればいい
というものではない
•一次資料を読むには文脈の理解が不可欠
• 準備がないと何を見ているのかわからない
• 何を探しながら見ているかで、目に留まるもの、読み取
れるものが変わる
そもそも何のために書かれた（残された）ものなのか。
何が残っていて（残されていて）、何が残っていない
（残されていない）のか。書かれていること・書かれて
いないことは何か。

4. アーカイブに行く前に
まずやるべきこと
• 先行研究、二次資料をしっかりと批判的に読むこと
• 先行研究がどのようなアーカイブ資料をどのように使っているの
か、そこから何を読み取っているのか
• 二次資料で分かることは何か、分からないことは何か
• 最も中心的に調べたい問いを明確化しておく
徒手空拳でアーカイブに挑んでも、史料にたどりつけずに
干乾びるか、膨大な史料の海で溺れてしまうだけ

5. 杉本が今まで訪問したアーカイブ
• AT&T History Center, NJ
• MIT Institute Archives and Special Collection / MIT Museum
• Harvard Countway Library
• American Philosophical Society Library (APS)
• Library of Congress
• National Archives, College Park
• Dartmouth College Library
• Charles Babbage Institute (CBI) / University of Minnesota Archives
• Indiana University–Purdue University Indianapolis, Institute for
AmericanThought
• Bletchley Park Museum など

6. おことわり
私は20世紀の文書（コンピューティング史関係）し
か扱ったことがありません。中世・近世・18世紀・
19世紀の文書を扱うときは、事情が異なる可能性も
高いでしょう。
私は米国と英国でしか調査をしたことがありません。
大陸ヨーロッパではおそらく事情が違うと思います。

7. アーカイブで調査するには？（概要）
1. 目的の史料がどこにあるかを調べる。
2. 当該アーカイブのコレクション目録を調べる。
3. アーキビストと、史料の閲覧について交渉する。
4. アーカイブを訪問する準備をする。
5. 現地を訪問する。
i. 入館手続き。
ii. 史料の記録を取る。
6. 帰ってきて、取った記録を整理する。

8. 調べたい問いに関する史料が
どこにあるのか探す
•二次資料の参考文献リストから芋づる式に発見
•詳しい研究者、アーキビスト、図書館員に尋ねる
•インターネットを検索
• ex) “Shannon manuscript” “von Neumann archives” “Wiener
Finding Aid” など。
•アーカイブの目録をみる
• ごく稀に古本屋で流通していたりしたこともあった

9. お目当ての史料が入っていそうな
アーカイブを見つけたら
 そのコレクションに何が入っているか調べる
1. Website上にFinding Aidがあるかどうかチェック
2. 無ければアーキビスト、図書館員にメールを送る
 Finding Aidとは
• 各コレクションの目録のこと。コレクションタイトル、
年代、コレクション番号、アブストラクト、アクセス制
限、各資料の量、各Boxの大まかな内容などが記載して
ある。

10. アーキビストへのはじめての問い合わせ
1. どの史料を閲覧したいか、そもそも閲覧は可能か
2. 自分の興味関心と、コレクションとの関連
3. 訪問するとすればいつか、具体的に何が見たいか
4. (Web上にない場合は) Finding Aidが存在するか、あるな
らば利用可能か

11. （シンプルな）例1
Dear John Smith,
I have a question about George Stibitz Papers. I am interested in the material
on the lawsuit Sperry Rand vs. Bell Labs (1960-1962), especially on Stibitz’s
testimony. I will appreciate if you give me any information about the detail
of these materials. Also I would like to ask whether the finding aid of Stibitz
papers is available or not. I could visit the library from 24th to 26th June.
Thank you,
Mai Sugimoto

12. （シンプルな）例2
Dear George Smith,
I would like to useVannevar Bush Papers(MC78), especially “II.Writings,
Articles and Speeches” (Box13-24) for my dissertation research. Could I
access these collections there on 8th and 9th May? I am looking forward to
hearing from you.
Sincerely,
Mai Sugimoto

13. この時点で既に色々起こります
そもそも閲覧不可能
• NSAのコレクション（2008年）
実はお目当ての史料がそのコレクションには入っていない
• 日常茶飯事
Finding Aidが電子化されていない
• 最近は流石に減ったが、2000年代まではそういうことは珍しくなかった。
• 印刷したものを一冊ミネソタ（当時在住）まで送ってくれたダートマス大学
• 存在するが、現地でのみ閲覧可能だった2000年代のAmerican Philosophical
Society
• 存在するが不完全で、しかも現地でも閲覧禁止だったAT&T History Center（たぶ
ん今でも）

14. いいですよ、という返事が来たら
• もうちょっと詳しい情報を問い合わせる / 知らせる
訪問前に準備・確認すること
• 開館曜日・時間
• 持ち込み許可物
• 史料複写の取り方
• 写真を撮ってよいかどうか
• 料金がかかるかどうか
• 現地までのアクセス

15. 開館曜日・時間の確認
開館の曜日、スケジュールに注意！
• 月～木までしか開いていないアーカイブもある。時間は9
時17時が多いが、10時16時のところもある。
• 土日は基本的にやっていない（移動日に注意）。日本と
祝日が異なる。大学付属の場合、大学の夏休み、春休み、
冬休みに注意。
• off-siteに史料を格納している場合は、取り出してもらう
のに3日以上かかることがある
• 慣れていないと/語学力が十分でないと/集中力がすぐれて
いないと、短期間の調査ではなかなかしんどい。

16. アクセス方法の確認
どうやったらそこにたどりつけるかを尋ねること。
• 大学付属の場合、大学のサイトに行き方が書いてある。
大概主要空港からアクセスする何らかの方法がある。
• 米国企業のアーカイブの場合、車無しではたどりつけな
いことが多い。車に乗らない場合は、苦心惨憺を覚悟。
開館曜日・時間・アクセス方法を勘案したうえで、旅程を
組むこと

17. アーカイブには
それぞれ使用ルールがある
•問い合わせるべき事項
1. 持ち込んでいいもの, ダメなもの
2.記録の取り方のルール
3. 利用料, 入館に必要なもの

18. 持ち込んでいいもの、ダメなもの
• アーカイブによって千差万別。年々変化する。
Library of Congress
• 上着、鞄、ノートブック、ペンなどは持ちこみ不可。ロッカーに
預ける。デジカメ、パソコン、受付で承認印を押してもらったメ
モ紙などは持ち込める。鉛筆と紙が要る場合、受付でもらえる
（2012年）。
National Archives
• 紙類、筆記用具不可。デジカメ、パソコン、スキャナは持ち込む
際に登録が必要だった（2009年）。
AT&T History Center
• すべて許可。しかしこれは極めて稀な例。

19. 記録の取り方のルール
• これも千差万別。確認すべき事項は以下の通り。
自前のデジタルカメラは使用できるか
• Harvard Countway Library, MITではかつて不許可だった（2000年代）。
• CBIやAPSでは、カメラ使用の際に、閲覧票を写真に写しこまねばな
らない。
• 三脚が使用可能かどうかも要確認。
カメラが無理な場合、画像ファイルは請求できるか
• 自分で取るのか、アーキビストが取るのか。手数料はかかるか。
• ごく稀に紙コピーの場合もある。年間コピー枚数に制限がある場合
も。2005年のMITでは年間200枚、H. C. L.では100枚だった。

20. アーカイブ利用料、入館に必要なもの
たいがい無料だが、2000年代のHarvard Countway Libraryの
ように、学外利用者に利用料を請求するところがある。
最近は請求しない流れになりつつある
料金の支払いが現金かカードかも確認すべき。
• カードが使えることが多い。CBIもAPSもHarvardでもカードで
の支払いを受け付けていた。
入館に必要な証明書類（IDなど）も確認。

21. 行くことが決まったら
• 訪問する準備をしましょう
1. 日程をfixさせ、アーキビストに伝える
2. 宿泊場所を確保する
3. 交通手段を確保する
4. 食事場所が確保できるか確かめておく

22. 日程の決定
アーカイブは大概平日にしか空いていない
• これは個人的意見だが、移動は土日にすべき
• 土日に見るべきものもない町の場合、いかんともしがたい
訪問日時を決めたら、アーキビストにメールを打つ
• いつ行くか、どのコレクションの、どのBOXを見るか
当該Boxがoff-siteであることも多いので、事前請求はしておくべ
き。たとえばLoCでは48時間前までの請求が必須。
そうでなくても、事前準備してもらえば当日の時間節約になる。

23. いよいよ現地に到着
• 入館手続きに必要なもの
1. Photo ID
• パスポートでOKだが、APSのように2種類要求するところもあるの
で注意。
2. ラップトップ、デジタルカメラ
• 何を見たいかなどのリストは、パソコン上にファイルを作ってあ
らかじめ書きこんでおくと便利。
3. やりとりしたメールをプリントアウトしたもの
4. 上着を脱いでも寒くない服装
• 閲覧室はびっくりするほど寒いことがある。何時間も座っていると大変…。

24. 入館の手続き
• 入館届に記入。
• 名前, permanent address, local address, 電話, email といった情報。
• 資料の使用目的（大学院生ならdissertation researchでOK.）
• 著作権に関するポリシー、引用に関するルールにサイン。
• 荷物や上着をロッカーに入れる
• 手を洗う

25. Boxはこんな感じで運ばれてきます
（一例）

26. Boxのふたをあけると…
※これはCBIの研究オフィス内で史料を閲覧したときの写真なので
後ろに本が写っていますが、ふつう閲覧室内のデスクの上に余計なものは載っていません

27. フォルダを取りだします
※フォルダを取り出した場所には、”Substitute Folder”（厚紙）を入れて
わかるようにしておきます（左の写真）

28. 閲覧室(reading room)での規則
アーカイブによって違うが、だいたい以下の通り
ペンは使用禁止。鉛筆は良い。書く紙はもらえる。
荷物、上着はロッカーに入れる。
一度にカートから降ろすBoxは一つ、一度にBoxから出
すフォルダは一冊。出したフォルダの代わりに
substitute folderを入れる。
フォルダ内の資料の順番は決して変えない。

29. IUPUI Institute for AmericanThought

30. 史料にアクセスするときの注意
• 史料は丁寧に扱う。
• 見た資料はすべて記録を取る
• 書誌情報が不完全な一次資料は一切使えない
• 前後のフォルダ、前後のボックスなど、周囲の資料も可能
な限り見ること。
• 紙の素材、インクなどにも注意。
• 裏面や余白にも注意。
• 見られないもの、残っていないものは何なのかを考える。

31. 記録を取りたい史料があったら
• まずは、アーキビストに方法と規則を確認。
• 写真を撮る、パソコン内のメモ帳に情報を書き込む、など
記録しておくべき情報
• コレクション番号、ボックス番号(名前)、フォルダ番号(名前)
ex) Folder11, Box 8, Edmund Berkeley Papers (CBI50)
• ↑の情報が無いと参考文献として使えないので注意！
• 写真に取る場合は、ボックス名とフォルダ名の写真を先に撮って、
それからその中身の写真を撮るというのも手。

32. Princeton University Library

33. 閲覧室で起こること色々 (1)
1. 2003年、Countway Libraryにて。どこかの研究者がとある史料を見
ていたのだが、複数のBOXから史料を出してごちゃまぜに！ 激怒す
るアーキビストに「私の方が専門家」と逆ギレする研究者。その時、
私はコピー制限100枚にひっかかり、残りの史料を書写していた…。
2. National Archivesにて。閲覧できるはずの史料がSecurity Issueに引っ
かかる。閲覧可能かどうかのScanningのため、館内で3時間半待ち
ぼうけ。
3. MITでBushの史料を見ていたら、前の席の人がShannonについて調
べており、明らかに他の史料も探していた。ロッカー前でばったり
会ったので、LoCに史料があるよと教えてあげた。

34. 閲覧室で起こること色々 (2)
4. MITで、Wiener文書の日本語史料のFinding Aid記述が間違っていた
ので、正しい情報を英語に翻訳して教えてあげた。同じようなこと
はIUPUIでも発生（日本語の読める科学史家は少ない）。
5. IUPUIで、お目当ての史料がどこにあるのかわからず、責任者の先
生とあっちこっちの引き出しをあけて家探し。ようやく見つけたと
きには二人で大喜び！
6. AT&T History Centerで、アドミニストレータのGeorgeが手術後の病
み上がりでボックスを運ぶ体力がなく、本来部外者立ち入り禁止の
収蔵庫内部でボックスを探して、一緒に運搬。
7. LoCで爆発物発見疑いの報。最低限の持ち物をもって、大急ぎで誘
導されて収蔵庫のなかを通って（！）館外に避難。お外で1時間待
ちぼうけ。

35. 調査から戻ったら
• 忘れないうちに史料を整理することが極めて大切
1. どれが、どのBoxの、どのFolderに入っていたものか、確
実にわかるように整理する。
2. 目録を作る。できれば、簡単な概要もつける。
• 杉本はExcelで目録を作っています。
3. 面倒だけれどもがんばる。
4. 画像や目録のデジタルファイルはバックアップをとって
おく。

36. 出版物にアーカイブ所蔵の
史料画像を使いたいときは
• 使用料がかかる場合があるので、まずは事前に当該アーカ
イブのアーキビストに相談
• 学術出版物の場合、免除してくれる場合も多い
• キャプションに所定の出典情報をつけるように言われるこ
とが多い
• 必要な場合は、依頼すれば高解像度のtiff画像を送ってくれ
ることもある（だいたい有料）。

37. ご武運を。
George Kupczak and Mai Sugimoto at AT&T Archives and History Center, 2009