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心理検査のやり方、伝え方
岩佐 和典
特別企画「医師ではない人のための精神科診断学講座」
要  旨:本稿では、心理検査のやり方と伝え方についての私見を述べた。まずその前提として心理
検査と精神科診断との関係を簡単に議論した。次いで、心理検査のやり方を検査の選択・実施・解
釈と定義し、関係する論点について議論した。心理検査の結果は、標準的な解釈仮説だけでは説明
できない残余を含むという限界を指摘したうえで、検査行動の観察から残余を推定し、検査結果を
意味づけるという発想について論じた。さらに、心理的機能の理論的モデルをベースとした検査選
択や、仮説的な解釈の検証方法についても議論した。心理検査の伝え方に関しては、依頼者への
フィードバックと当事者へのフィードバックに論点を絞り、筆者の経験を交えつつ私見を述べた。
前者においては、それが相互的なコンサルテーション過程となるような「伝え方」、後者においては、
その手続きと留意点に加え、当事者が検査結果を自身の生活に活かせるような「伝え方」を提案した。
Key words: psychological tests, psychological assessment, feedback
(1)は じ め に
 本稿では、まず心理検査と精神科診断との関係
を簡単に議論した後、心理検査のやり方と伝え方
について議論していく。その際、心理検査のやり
方を、選択・実施・解釈の観点から論じ、心理検
査の伝え方を、依頼者へのフィードバック、当事
者へのフィードバックという観点から論じていく。
 一般に、心理検査の目的は、診断ではなく、査
定であると言われる。両者の違いについては他に
譲るが、こうした言説とは裏腹に、実際には鑑別
診断補助を目的として心理検査を実施することも
少なくない。心理検査から得られる情報のうち、
どのような情報が精神科診断に寄与するのか。そ
れは精神科診断の考え方次第である。精神科診断
には特定の考え方や診断基準が存在するから、そ
れが変化すれば、それに応じて必要とされる情報
も変化して当然である。
 たとえば、精神力動的診断においては、精神力
動理論による説明や、病因や力動的機制の推定が
重視され、記述精神医学を基にした操作的診断に
おいては、観察可能な症候の記述や現象学的な症
候の聴取が重視されるのだという(Sims,2003)。
相対的にではあるが、前者の立場に立てば、ロー
ルシャッハ法などの投影法人格検査が適用されや
すくなるだろうし、後者の立場に立てば、BDI-II
やY-BOCSといった操作的な診断基準とよく対応
した症状評価尺度が適用されやすくなるだろう。
さらには、心理検査だけでなく、SCIDのような
半構造化面接が果たす役割も大きくなる。そして、
現代はICDやDSMといった操作的診断基準が全
盛である。それゆえ、診断に直接寄与する情報を
提供しようとするならば、症状評価尺度や半構造
化面接のように、診断基準から直接導かれた査定
器具を利用することが優先される場面が多くなる
ことだろう。すなわち、異なる体系には、それぞ
れ異なる目的があり、それゆえ異なる方法が用い
られるのである。時代とともに精神科診断の体系
- 103 -
が変化したならば、適用される心理検査が変化す
るのも、また当然のことだと言える。
 それでは、診断基準を直接参照せずに作られた
査定器具は、どのような役割を果たしうるのだろ
うか。たとえば、知能検査や認知機能検査、神経
心理検査などは、特定の診断基準を参照して開発
されたものばかりではない。それゆえ、これらが
得意とするのは、診断基準とのマッチングではな
く、むしろ知能、記憶、注意、思考、言語、感情、
行為、知覚といった心理的機能の評価である。こ
うした心理検査が診断に寄与するとしたら、よく
似た症状が異なるプロセスを経て出現するような
場合ではないだろうか。
 もの忘れを例にとって考えてみよう。便宜的に
もの忘れを「他者からみて、記銘したと期待され
る事柄を、再生・再認できない」ことだと考える
として、これはどのようなプロセスを反映したも
のだろうか。側頭皮質内側部損傷によって生じた
記銘障害を反映しているのかもしれないし、前頭
前野背外側部病変によるworking memoryの障害
が生み出した記銘困難を反映しているのかもしれ
ない。もしくは、意識障害や解離性健忘に伴って
記憶の欠落が生じているのかもしれないし、大う
つ病に伴う思考制止が反映されているのかもしれ
ない。おそらく、他にも様々な可能性が挙げられ
るだろう。このとき、たとえばworking memory
の働きを検査するなどして、症状に関わる心理的
機能を査定することができれば、こうした病態を
弁別しやすくなるかもしれない。すなわち、ある
症状なり行動が出現するに至ったプロセスを検
出・記述し、一貫した説明を与えることができれ
ば、この種の心理検査が診断に寄与する可能性が
生じてくるのである。
 同時に、こうした査定は援助や治療に対しても
有益な情報を提供しうる。たとえば、同じもの忘
れであっても、そのプロセスによって、有効な生
活上の工夫は異なるのである。結局のところ、診
断基準を直接参照せずにデザインされた心理検査
の目的は、心理査定に回帰してくるのだと言える
だろう。そして、そこで得られた情報が診断に寄
与する可能性を有するのである。
(2)心理検査のやり方
 ここでは「心理検査のやり方」を、検査の実施
方法だけでなく、検査結果の解釈、さらには適用
する検査の選択までを含むものとして定義する。
心理検査の選択・実施・解釈について議論するた
めに、まずは心理検査の限界について考えてみよ
う。心理検査の多くは、ある特定の心理的機能を
検出するようデザインされているし、心理検査の
実施者はその意図を踏まえて、検査結果からその
心理的機能を推定しようとする。しかし、その解
釈には常に不確かさがつきまとう。なぜなら、完
全な心理測定的妥当性を持つ心理検査は存在しな
いからである。
  妥 当 性 が 高 い と 評 価 さ れ る 検 査 で あ っ て
も、その分散が測定の対象となる構成概念に
よって100%説明されることは無い。Meyer and
Archer(2001)は、代表的な心理検査であるWAIS,
MMPI,ロールシャッハ法の妥当性に関するメタ
分析を行っている。このメタ分析による各検査の
妥当性係数は、それぞれWAISが r = .33から .57,
MMPIが r = .22から .55,ロールシャッハ法が r
= .22から .37であった。これを見ると、WAISが
もっとも良好な妥当性を有するようである。しか
し、その妥当性係数を r = .57と高めに推定した
としても、その分散説明率は約32.5%に過ぎない。
これは、検査結果の分散の約2/3が未知の要因に
よって説明されるということを意味する。妥当性
が高いとされるWAISであっても、心理測定的妥
当性はこの程度なのである。すなわち、いかに優
れた心理検査であっても、その結果には、常に標
準的な解釈仮説から漏れ落ちる残余が存在するの
である。
 たとえば、ウェクスラー式知能検査に採用され
ている「数唱」は、working memoryの測度だと
考えられることが多い。しかし同時に、たとえば
注意、集中、情動障害、不安、算数/数字恐怖といっ
た様々な要因によっても、数唱課題の結果は変
動する(Golden, Espe-Pfeifer, & Wachsler-Felder,
2000)。これらはまさに、working memoryとい
う構成概念による解釈から漏れ落ちる残余である。
- 104 -
 心理検査の結果に、標準的な解釈仮説では説明
できない残余が存在する以上、その結果を単一の
要因から解釈することはできない。これは、よく
似た症状が異なるプロセスを経て出現しうる、と
いうこととほぼ同じことだと考えて良いだろう。
この限界を超えて、検査結果が何を意味している
のか理解しようとすれば、残余を推定し、結果を
意味づけることが必要になるのである。この手が
かりとなるのが、検査実施中の行動観察である。
すなわち、心理検査の実施に際しては、標準的な
手続きに加え、検査行動の観察を綿密に行なう必
要がある。
 例として、数唱の逆唱4桁を失敗した2つの模擬
事例を考えてみよう。一方は12歳男性である。検
査者が数字を言い終わるとともに即答し、要素と
なる数字は正しく記憶できているにもかかわらず、
その配列が誤っていたために(たとえば、2-4-6-7
が正答だとして、2-4-7-6と答える)、4桁失敗となっ
た。もう一方は、48歳女性であり、既に大うつ病
性障害の診断を受けている。検査者が数字を言い
終わると、眉間にシワを寄せながら長考する。結
果、最初の2桁は再生できたものの、最終的には4
桁失敗となった。この2事例は、共に逆唱4桁を失
敗しており、その評価点は低くなることが予測さ
れる。そのため、標準的な解釈仮説を機械的に適
用するならば、共に「working memory容量が年
齢相応よりも乏しい」というように解釈されるか
もしれない。実際、両者ともにworking memory
の機能水準は期待されるよりも低いとは言えるだ
ろう。しかし、何がそうした機能低下をもたらし
ているかによって、診断や治療の選択肢が変わっ
てくることは言うまでもない。
 それでは、検査行動を手がかりとして、検査結
果に影響した残余を推定し、結果を仮説的に意味
づけるならば、どうなるだろうか。前者はその衝
動性が回答のチェックを阻害し、後者は大うつ病
性障害に伴う思考制止がリハーサルや数字の並べ
替えを阻害していたのかもしれない。だとすると、
その評価点の低さは、知的資質そのものでなく、
知的資質を発揮するためのプロセスに問題がある
ことを示唆することになる。もちろん、こうした
解釈は仮説に過ぎないので、検査の過程において
検証される必要がある。たとえば、他の課題でも
同じような行動が観察されるかどうかは、有力な
証拠の1つとなりうる。さらには、もし仮説が正
しいとしたら、特定の状況を設定することで、同
様の結果や行動を誘発、もしくは抑制することが
できるかもしれない。
 例えば、前述した例の前者に対して何らかの課
題を設定し、即答せずに考える時間を持てるよう
教示を工夫してみたとしたらどうなるだろうか。
そこで前述のようなケアレスミスが抑制されたと
したら、衝動性が知的機能の発現を抑制している
という仮説は一応の支持を得ることになるし、そ
れでもなお同様のケアレスミス的な失敗が生じる
のであれば、衝動性以外の要因を探るか、異なる
状況要因を探ることになるだろう。このように、
残余を推定することで仮説的に生み出された解釈
は、実験的な課題を設定することによって検証可
能な場合がある。
 こうした方法を可能にするのは、心理検査の実
施段階から解釈を始められるような、心理学的
素養である。ここでいう心理学的素養とはなに
か。1つ目は、心理実験の手続きに関する知識で
ある。どのように課題を設定すれば狙った要因を
操作できるのかを知るには、実験のノウハウを応
用するのが最適であろう。2つ目は、心理的機能
のモデルに関する知識である。その機能がどのよ
うな構成要素を持ち、それらがどのように関連し
あうのかを概念的に理解しておけば、行動観察を
意味づける際にも、何らかの状況や課題を設定す
るのに応用できる。3つ目は、なぜその検査で意
図した機能や特性を査定できるのか、理解するこ
とである。これはつまり、概念と測定のつながり
を理解することに他ならない。たとえばStroop課
題は、文字を読むという習慣的行動を抑制しなが
ら、次々に色彩を命名していくという二重課題を
被験者に課す。習慣的行動の抑制には相応の注意
資源が必要である。そのため、この課題を失敗す
ることは、注意資源の減少、もしくは注意配分の
機能不全といった問題を反映すると考えられるの
である。こうした概念と測定のつながりは、結果
- 105 -
を解釈する際にも、検査行動を意味づける際にも、
そして何らかの課題や状況を設定する際にも、検
査者の思考をガイドする役割を果たしうる。こう
した心理学的素養によって、心理検査は単なる測
定を超え、検査状況で誘発される症状や行動を記
述するための方法となるのである。さらには、心
理検査による測定と記述に対して、理論的なモデ
ルから説明を加えることも可能になる。
 こうした考え方は心理検査の選択にも影響をお
よぼす。医療機関では、主治医からの検査依頼に
応じて心理検査を行なうことがしばしばである。
その際、特定の心理検査を依頼される場合もあれ
ば、実施目的のみの依頼を受ける場合もある。特
に後者の場合は、自らtest batteryを構成する必
要に迫られることになる。そのためには、知りた
いことと、それを知るための方法を特定するため
の専門的知識を持つことが必要となる。ここでも
また、その検査が何を検出するのか、そしてそれ
はなぜか、という、概念や機能と測定とのつなが
りを理解することが役に立つだろう。特に、査定
の対象となる機能や病態に関する心理学的モデル
を理解しておくと、それを根拠とした検査選択が
可能になる。
 以上、心理検査のやり方として、選択・実施・
解釈に関係する議論を展開してきた。こうした手
続きを通して、その患者に固有の病理モデルを仮
説的に構成し、そのモデルから生活機能を予測・
説明するのと同時に、そこから何らかの診断的情
報や、治療への示唆を発見することができれば、
心理検査がもたらす情報を十分に利用できたと言
えるだろう。
(3)心理検査の伝え方
 心理検査の仕事は、検査を実施するだけでは終
わらない。検査結果やその解釈が、受け手に伝わっ
てはじめて、心理検査という営みは社会的意味を
持つのである。ここでは「受け手」を、依頼者お
よび当事者と定義する。すなわち、主治医が依頼
者であれば、主治医に検査所見をフィードバック
することが最低限の仕事である。一方、当事者に
結果をフィードバックする場合には、それをどの
ように行なうのが良いのか、考えておく必要があ
る。ここでは、両者に対するより良いフィード
バックのあり方を考えるために、筆者の臨床経験
と、そこから得られたアイデアを紹介する。ここ
に挙げるのは、あくまで一介の若手臨床心理士に
よる経験であるから、その妥当性や有益性、そし
て一般化の可能性に関する評価は、賢明なる読者
の見識に委ねたいと思う。さらに言えば、ここに
提示する「心理検査の伝え方」よりも優れた方法
が、読者から提案されることを望むものである。
 まず、依頼者へのフィードバックについて議論
していく。ここでは特に筆者が経験した失敗と、
そこから得た教訓を書き連ねたいと思う。筆者
は、単科精神科病院の臨床心理士として心理検査
を行ってきた。その勤務開始当初は、依頼される
がまま検査を実施し、カルテに所見をはさみこみ、
その仕事を終えていた。そんなある日、検査所見
がそのままの形で患者の手に渡っているケースが
あることを知った。患者は手渡された所見に対し
て否定的な感情を顕にしたのだという。検査所見
は、その性質上、患者の病理的側面に焦点を当て
たものになりがちであるから、そうした反応も無
理からぬものである。ここから2つの教訓を得た。
1つ目の教訓は、主治医に検査結果の説明をする
必要があったということ、2つ目の教訓は、患者
に手渡す資料を別に用意する必要があったという
ことであった。
 勤務1年目も後半に入り、心理検査の実施依頼
も増えていったが、ときに依頼の意図が十分に理
解できないことがあった。検査の実施前に「この
患者にロールシャッハ法を行なう必要があるのだ
ろうか。陰性症状が顕著な慢性期の統合失調症患
者であるから、おそらく反応数が少なく、形態反
応優位のプロトコルとなることは目に見えている
のではないか」などと考えていたことが思い出さ
れる。しかし、そのことを主治医に伝えることも
なく、筆者はただただ依頼された通りに検査を実
施した。そして結果が予測した通りだった際には、
「この検査を取ったことで、新たに得られた情報
- 106 -
とは何だったのか」と自問することになった。こ
こからさらに2つの教訓を得た。3つ目の教訓は、
検査依頼の意図を確認すべきであったということ、
4つ目の教訓は、依頼者である主治医に心理検査
を知ってもらう必要があったということであった。
 こうした教訓を行動に移すべく、筆者は医師に
検査依頼の目的を確認しようと試みた。しかし医
師は多忙である。「今はちょっと忙しいので」と
言われ、すごすごと引き下がることもあった。多
忙な医師に遠慮し、意図を聞くこともできず、検
査の選択に関するアイデアも伝えられなかったの
である。ここからさらに2つの教訓を得た。5つ目
の教訓は、状況を読み、医師と話しやすいタイミ
ングを見つけるべきだったということ、6つ目の
教訓は、それでもなお、重要なことであれば話し
合う必要があったということであった。検査者の
遠慮は、どのような事にも寄与しないのである。
 勤務も2年目に入り、仕事に慣れはじめた筆者
は、悪い意味で「擦れた」態度を取ることを覚えた。
すなわち、「この検査は意図が不明確だし、意味
も無いように思うが、保険点数のためという意味
合いもあるのだろう」などと、知ったようなこと
を考えていた。しかし、そうして実施した検査の
後には、決まって虚しさを覚えたことを記憶して
いる。ここから得た7つ目の教訓は、検査者が心
理検査の意義を否定し、その可能性を諦めたとき、
心理検査は本当に無意味で無能な器具に成り下が
るということであった。
 ここで挙げる最後の失敗は、検査所見におけ
るジャーゴンの多用である。心理検査に特有の
ジャーゴンを用いた会話は、多くの場合、不発に
終わるものである。ここから、医師と共有可能な
言語で検査結果を表現する必要があったという、
8つ目の教訓を得た。
 以上の失敗を経て筆者は、以下の様に働き方を
改めた。1.検査結果を共有可能な言語で主治医
に説明した。2.患者に手渡すための資料を別に
用意した。3.多忙な医師の状況を考えたうえで、
時間を見つけて検査の意図や、検査の性質、検査
の選択に関するアイデアについて話し合った。4.
検査者自身が、心理検査の意義と可能性を諦めな
いようにした。このなかで、「依頼者へのフィー
ドバック」に該当するのは1だけかもしれない。
しかし、医師との付き合い方を工夫したことや、
臨床心理士としての自分がどのような専門性を持
つのかを理解してもらうよう試みたこと、そして
自分自身の心構えを変えたことなどによって、心
理検査を取り巻く状況に、小さいながらも変化が
生じてきたのであった。
 まず、特定の医師による心理検査依頼が減っ
た。小うるさい心理士と思われたのかもしれない
が、意図の乏しい検査依頼を控えてくれたものと
解釈した。さらに、特定の医師による検査依頼が、
検査名を指定したものから、検査目的のみの依頼
に変化した。それと同時に、医師から検査の事
前・事後に意見を求められることが増えた。その
際、当該の症例に関する困り事への提案を求めら
れたり、何を知りたいと考えているのかを教えて
くれたりするようになった。こちらからも、心理
検査に関する情報を提供し、アイデアを提案する
とともに、どのように検査を構成し、何に注目し
て解釈すれば役に立つのか、医師からの情報提供
を受けられるようになった。これは、異なる専門
性をもった者同士が、互いに専門的知識を提供し
あうとともに、互いの困り事について専門的な提
案をしあうという、相互的なコンサルテーション
過程であったと解釈できよう。すなわち、ここで
提案する「心理検査の伝え方」とは、こうしたコ
ンサルテーション過程に他ならない。
 最後に、当事者へのフィードバックについて議
論し、本稿を閉じる。ここでは、当事者を被検査
者およびその関係者と定義する。多くの場合、当
事者は固有の困りごとを抱え、固有のニーズを携
えている。当事者へのフィードバックは、それら
に合わせたものにしたいと、筆者は考えている。
しかし、心理検査の解釈を伝えるという行為は、
まさに心理療法で言うところの「解釈」を伝える
ことに他ならない。すなわち、本人がまだ認識し
ていない、自分に関する情報を提示されるのであ
るから、当事者へのフィードバックは多少とも治
療的な色彩を帯びてくる。よって、ただ伝えるだ
けでなく、当事者がその知見を自身の生活に活か
- 107 -
せるよう配慮したい。とはいえ、心理検査の解釈
はあくまで確率論的なものであり、仮説的なもの
に過ぎないということを忘れてはならないと思う。
実際、その解釈はまったく的はずれなものかもし
れないのである。よって筆者は、こちらが提示す
る解釈を当事者とともに検討し、当事者からも情
報を提供してもらうことを重視している。
 心理検査のフィードバックでは、検査結果の理
解を促進することが第一の目的となるだろう。こ
の目的を果たすためには、当事者の理解を確認し
ながらフィードバックを進める必要がある。もう
一歩踏み込んだ目的は、検査結果を題材として、
自己理解を促すことである。これはすなわち、検
査結果と当事者自身の生活場面を繋げていくこと
に他ならない。もうひとつ目的を挙げるとしたら、
検査結果を心理療法の題材とすることであろう。
 次に、筆者が当事者へのフィードバックを行な
う際の、標準的な手順を紹介する。まず準備段階
として、当事者向けの分かりやすい資料を作成し
ておく。その際、主訴やニーズを念頭に置き要点
を絞るのと同時に、当事者の病理的な側面と健
康的な側面を織り交ぜた内容にしていく。次に、
フィードバックの予定を立てることになるが、可
能な限り、フィードバックのためだけのセッショ
ンを設定するのが良いように思われる。そして実
際のフィードバック・セッションに望む際には、
資料を渡す前に以下のような教示を行なう。「色々
なデータや研究に基づいて解釈したが、あくまで
仮説である。一緒にこれを検討し、解釈を完成さ
せていこう」。そのうえで資料を渡し、ざっと読
んでもらったうえで、感想についてオープンに尋
ねる。その際、疑問やアイデアがあれば、どんな
小さなことでも話すよう促す。そして、検査結果
のなかで自分に当てはまらない部分を問うことで、
検査結果に対する否定的な発話を奨励する。なぜ
なら、心理検査と検査者自身が、ある種の権威性
を帯びているように見られることも少なくないか
らである。権威によって疑問を封殺するのでは、
先述の目的を果たすことは難しい。そのため、否
定的な見解を歓迎することで、そうした発話を強
化し、権威性を乗り越えた先にある理解を目指す
のである。
 さらに、こうしたやり取りのなかで新たに明ら
かにされた情報を、最初に手渡した資料へと書き
込んでもらう。そうして完成した結果と、最初の
結果を見比べてもらい、その感想を問う。その過
程で、自然とそういう流れになった際には、心理
療法への導入も視野に入れつつ、ホームワークの
設定を試みる場合もある。
 当事者へのフィードバック過程においては、と
きには検査者が自分の解釈に固執せず、当事者の
意見を取り入れる柔軟性を示すのが肝要だと、筆
者は考えている。当事者の感じる「主観的な正し
さ」の感覚が、真の正しさを反映しているとは限
らない。しかし、心理療法におけるそれと同様に、
心理検査の解釈もまた、準備のあるところにのみ
届くのである。当事者が検査結果を自身の生活に
活かすことをフィードバックの目的とするなら、
どちらの見解が正しいのかと張り合うことにさほ
ど意味はないし、実際、当事者の方が正しい場合
もあるに違いないのである。それを考えると、逆
説的ではあるが、当事者から「教えて頂く」姿勢
を維持することが、当事者へのフィードバックに
おけるコツだとすら言えるのではないだろうか。
 以上、心理検査の伝え方について、依頼者への
フィードバックと、当事者へのフィードバックと
いう2点に焦点を絞って私見を述べた。心理検査
のやり方に関する議論とあわせて、この論文が少
しでも読者の参考になれば幸甚である。
【文  献】
Golden, C. J., Espe-Pfeifer, P., & Wachsler-Felder, J. (2000).
Neuropsychological interpretation of objective
psychological tests. New York: Kluwer Academic/
Plenum Publishers.
Meyer, G. J., & Archer, R. P. (2001). The hard science of
Rorschach research: What do we know and where
do we go? Psychological Assessment, 13 (4), 486-
502.
Sims, A. C. P. (2003). Symptoms in the mind :an introduction
to descriptive psychopathology. UK: Elsevier
Health Sciences,

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