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インターネット・ゲートキーパー活動
が相談者の自殺念慮に与える影響
末木 新 1、髙橋 あすみ 2 3 、伊藤 次郎 3
1: 和光大学現代人間学部、2: 北星学園大学文学部、3:特定非営利活動法人OVA
1
概要
‐ 背景:特定非営利活動法人OVAでは2013年頃より断続的に自殺予防のためのインター
ネット・ゲートキーパー活動(検索連動型広告によるスクリーニングとメール相談)
を実施してきた。しかし、これまで、こうしたインターネット上での相談活動の効果
を数量的に検討した実践/研究は存在しない。
‐ 目的:インターネット・ゲートキーパー活動の効果を定量的に評価する。
‐ 方法: 2018~2019年に実施されたインターネット・ゲートキーパー活動における
相談者167名の相談開始時と1カ月後の自殺念慮・抑うつ不安感を測定し、
その変化を統計的に分析した。
‐ 結果:分析対象者の約8割は女性で、6割が20代以下であった。分析の結果、
1カ月後の自殺念慮は相談開始時より統計的に有意に減少していたが、
効果量は小さいものであった (Cohen's d = 0.38)。
‐ 考察(限界点):統制群の設置、長期的フォローアップの実施、脱落率の改善は
今後の課題である
2
研究の詳細は以下のプレプリントを参照して下さい
Sueki, H., Takahashi, A., & Ito, J. (2021, March 11). The effects of the online gatekeeping using search-based
advertising on users’ suicidal ideation. https://doi.org/10.31234/osf.io/u4wnz 3
問題・目的
死にたい
4
背景:自殺予防ためのインターネット相談の興隆
インターネットを活用した自殺予防のための危機介入実践が
多数実施されているが、効果が検証されていない
⚫ 政策としてのインターネットを活用した自殺予防実践
‐ 2017年の改定自殺総合対策大綱で、ICTの活用、相談の多様な
手段の確保、アウトリーチの強化が当面の重点項目として盛り込まれた
‐ 2017年10月の座間市連続殺人事件後の「座間市における事件の再発
防止に関する関係閣僚会議」で、ICTを活用した相談窓口への誘導の
強化が閣議決定され、SNS相談が興隆した
(一定の程度の予算措置がなされるようになった)
→ 事業の実施の有無は検証されているが、相談者の心理的変化は
検証されていない(厚生労働省, online)
厚生労働省 (online). SNS相談事業
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/snssoudan.html. 2021年7月21日
最終アクセス.
5
インターネット・ゲートキーパー事業の実績
インターネット・ゲートキーパー事業の実施状況については、
論文で報告を実施してきた(Sueki & Ito, 2015; 2018)
⚫ インターネット・ゲートキーパー事業の概要
Sueki, H., & Ito, J. (2015). Suicide prevention through online gatekeeping using search advertising techniques: A
feasibility study. Crisis, 36, 267-273. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000322
Sueki, H., & Ito, J. (2018). Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for suicide
prevention. Crisis, 39, 197-204. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000486 6
インターネット・ゲートキーパー事業(IG)の問題点
インターネット・ゲートキーパーの効果(相談者の自殺リスク
の縦断的変化)については検証できていない
⚫ IGでこれまでに明らかになったこと(Sueki & Ito, 2015; 2018)
‐ 自殺関連語のウェブ検索に対して広告を出し、相談を呼びかけると、
実際に自殺ハイリスクなインターネット利用者とコンタクトを持つことが
可能である
‐ 既存の危機介入手法よりも自殺ハイリスク者に選択的にアウトリーチ可能
‐ 相談の結果、3割前後の相談者は気分の改善や対面での援助要請行動を
生起させた(例:家族にも相談をする)ことを報告するに至る
→ 相談者の相談前後の心理的変化は数量的に分析できていない
Sueki, H., & Ito, J. (2015). Suicide prevention through online gatekeeping using search advertising techniques: A
feasibility study. Crisis, 36, 267-273. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000322
Sueki, H., & Ito, J. (2018). Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for suicide
prevention. Crisis, 39, 197-204. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000486 7
本研究の目的
そこで、この研究では、
インターネット・ゲートキーパー活動の
効果を定量的に評価します
(相談開始時と1カ月後の心理的変化を分析します)
8
方法
死にたい
9
方法
単群試験(n = 167)でIG活動
開始時と1カ月後の自殺念慮・
抑うつ不安感(K6)を測定
⚫ データ収集期間
‐ 2018年~2019年
⚫ サンプリング過程
‐ 右図参照
⚫ メインアウトカム
‐ 自殺念慮(大塚ら, 1998)
大塚明子他 (1998). 自殺念慮尺度の作成と自殺念慮に関連する要因の研究. カウンセリング研究, 31(3), 247-258. 10
メール相談の実際|以下の文献を参照ください
目 次
1.インターネット・ゲートキーパーの
活動を始める
2.メール相談のやりとり
3.メール以外の相談手法
4.自殺の危機対応
5.相談機関へのつなぎと連携
6.問題状況別のアセスメントと対応
7.架空の事例
8.相談の体制
※参考URL
https://ova-Japan.org/?p=6524
11
結果
死にたい
12
完答者
(n = 167)
相談開始時のみ回答
(n = 352) p
n % n %
性別; 女性 128 76.6 234 66.5 0.047
年齢; 0.529
10代 37 22.2 75 21.3
20代 62 37.1 152 43.2
30代 26 15.6 54 15.3
40代 27 16.2 43 12.2
50代 12 7.2 26 7.4
60代以上 3 1.8 2 0.6
飲酒状況 0.379
なし 94 56.3 171 48.6
週1回以下 38 22.8 88 25.0
週2ー3回 15 9.0 35 9.9
週4-5回 4 2.4 19 5.4
ほぼ毎日 16 9.6 39 11.1
自殺企図経験 71 42.5 184 52.3 0.038
精神科通院歴 57 34.1 141 40.1 0.194
自殺念慮 T1; Mean SD 12.6 5.1 13.5 5.1 0.065
抑うつ/不安感; Mean SD 17.9 4.0 18.0 3.8 0.866
分析対象者の概要
分析対象者には若年女性が多く、脱落者はより自殺高リスク
13
アウトカムの変化
相談開始時より1カ月後の方が統計的に有意に自殺念慮/
抑うつ・不安感は減少していたが、効果量は小さい
N
T1 (相談開始時) T2 (1カ月後)
d t p
Mean SD Mean SD
本研究
自殺念慮 167 12.6 5.1 10.6 5.7 0.38 6.04 < 0.001
抑うつ・
不安感
167 17.9 4.0 15.3 6.3 0.50 6.15 < 0.001
N
T1 T2 (6週間後)
d t p
Mean SD Mean SD
Sueki et al.
(2014)
自殺念慮 2813 8.5 5.7 8.0 5.7 0.09 8.10 < 0.001
抑うつ・
不安感
2813 17.0 5.9 16.7 6.1 0.05 3.35 0.001
※ (考察)厳密な比較統制群ではないが、同一尺度を用いた先行研究(Sueki et al., 2014)における、
自殺に関するインターネット利用をしているインターネット利用者の自殺念慮レベルの変化を見ると、
何もしなくても自殺念慮やK6の値は1カ月程度たてば下がるというわけではない…?
Sueki, H., Yonemoto, N, Takeshima, T., & Inagaki, M. (2014). The impact of suicidality-related internet use: A
prospective large cohort study with young and middle-aged internet users. PloS ONE, 9, e94841. 14
考察
死にたい
15
本研究で明らかになったこと
(控え目に見積もっても)インターネット・ゲートキーパー活動
によって、相談者に悪影響を与えている可能性は少ないだろう?
⚫ 活動の効果に関する評価
‐ インターネット・ゲートキーパー活動におけるメール相談を受けた者の
1カ月後の自殺念慮や抑うつ・不安感は統計的に有意に減少している
(ただし、効果量は小~中程度)
‐ ただし、脱落者(=より自殺高リスク)が非常に多く、ネガティブな
影響を受けた者は脱落をして1カ月後の測定に含まれていない可能性
‐ (厳密な比較統制群ではないが)、同一尺度を用いた先行研究(Sueki et
al., 2014)のデータを考慮すると、少なくとも相談を1カ月後まで
続けて再アセスメントを受けた者へは、自殺予防的効果を与えていたと
言っても良いのでは?
16
今後の課題
脱落率を改善するためには、テキストからアウトカムを直接推定
する方法の開発が必要かもしれない
⚫ 本研究の限界/課題
‐ ランダム化された比較統制群を設置した上での効果の検証が必要
‐ より長期的なフォローアップをした上での測定が必要
‐ 介入群の脱落率を改善するための手法が必要
⚫ 脱落率に関する現状と改善方法
‐ 現状、1度目のアセスメントをしないと相談が開始しないので多くの
人がオンライン質問紙に回答してくれるが、2回目は依頼をしても
回答率が非常に低い
‐ 相談テキストから直接自殺念慮が推定できれば問題は解決する
17
概要
‐ 背景:特定非営利活動法人OVAでは2013年頃より断続的に自殺予防のためのインター
ネット・ゲートキーパー活動(検索連動型広告によるスクリーニングとメール相談)
を実施してきた。しかし、これまで、こうしたインターネット上での相談活動の効果
を数量的に検討した実践/研究は存在しない。
‐ 目的:インターネット・ゲートキーパー活動の効果を定量的に評価する。
‐ 方法: 2018~2019年に実施されたインターネット・ゲートキーパー活動における
相談者167名の相談開始時と1カ月後の自殺念慮・抑うつ不安感を測定し、
その変化を統計的に分析した。
‐ 結果:分析対象者の約8割は女性で、6割が20代以下であった。分析の結果、
1カ月後の自殺念慮は相談開始時より統計的に有意に減少していたが、
効果量は小さいものであった (Cohen's d = 0.38)。
‐ 考察(限界点):統制群の設置、長期的フォローアップの実施、脱落率の改善は
今後の課題である
ご清聴/閲覧ありがとうございました
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