抄録
問題と目的
ビジュアル・ファシリテーション(以下:VF)やググラフィック・ファシリテーション、ビジュアル・ミーティングが会議や教育などでの議論の進行を促進するために活用されている。カウンセリング場面では、描画活動などを媒介としたビジュアル・ナラティブが提唱され、開発されてきている(やまだ、2018)。VFのカウンセリング場面への導入が有効と考えられる。
井上(1998)はカウンセリングにおけるPAC分析の効果として、3つの機能分野、(1)精神間機能分野:“いま、ここで”の信頼関係形成と対話の機能、(2)精神内機能分野:問題への認識と自己理解を深める機能、(3)間接的精神間機能分野:第3者との共有の機能、の3分野に基づき11の機能において検討した(表1の項目参照)。
本研究の目的はVFをカウンセリング場面に導入したコンフリクト解決の事例について本人の了解のもとに、その効果について、PAC分析の効果(井上,1998)である11の機能に準じて検討することである。
事例の概要
・クライエント(以下、CL):A(女性、35歳)
・主訴:アンガー(怒り)コントロールを学びたい。
・シングル・セッションの内容:今まで攻撃的とは言われてこなかったのに最近若いスタッフに「患者をもっとしっかり見なさい」と強い調子で叱責したりし、上司からパワハラの懸念を注意されたり自分でも困っている。アセスメントからは、「怒り」の内容がCLの臨床活動を重視していくか、研究活動を重視していくかのコンフリクトと関連することが示された。そこで、「臨床」を縦軸、「研究」を横軸として、関係があると思われる「人名」を記したシールを貼ってもらい(図1)、各々の関係性の語りを聴いていった。
結果
CLは「コンフリクト解決」の撤退地点に配偶者と両親を貼り「臨床」軸にそって恩師や職場スタッフのシールを布置した。一方、「研究」軸にはシールが貼られなかった。一方、真ん中の「臨床」も「研究」も大事にする斜め軸に尊敬する同僚名のシールが貼られていることは、CL自身およびカウンセラーにとっても大きな気づきを与えた。CLは自己の「怒り」が、自分自身の今後の「臨床」か「研究」かの方向性へのコンフリクトが臨床を大事にしてないと感じる若いスタッフに投射されたものだと納得した。また家族が撤退地点に位置するのは、年齢的に出産への配慮があるのではないかと今後のその点も含めたキャリアのあり方を家族と相談したいと述べ、面談を一応の終了とした。プロセスをふりかえりVFの可能性について検討した。その概要を表1に示す。
図1 コンフリクトの図(X軸は研究、Y軸は臨床)
表1 カウンセリングへの効果
機能分野と機能 VFの可能性
(1)直接的精神間機能分野
[1a.導入促進機能] ◎
[1b. 自己開示促進機能] ◎
[1c. 信頼形成機能] ◎
[1d. 対話発展機能] ◎
(2)精神内機能分野
[2a.共有知識的理解機能] ◎
[2b. 明確化機能] ◎
[2c. 自己理解促進機能] ◎
[2d. カウンセラー気づき機能] ◎
(3)間接的精神館機能分野
[3a.記述記録機能] ○
[3b. 実務説明機能] ○
[3c. 調査査定機能] ○
※ ◎は確実に作用する、○は可能性を表す
考察
表1によりVFのカウンセリングへの導入は、PAC分析と同様多面的な効果があることが明らかになった。
藤原(2011)は教室や研究会場面におけるファシリテーション・グラフィックの10の機能を以下のように述べている。まず、(1)議論を活性化する(触発機能)として、①思考促進機能、②分類整理機能③構造把握機能、(2)議論への参画を促す(対話機能)として④対立緩衝機能、⑥論点明示機能、⑥視点転換機能、⑦比較検討機能、(3)議論を残しておいて活用する(記録機能)、⑧保持記録機能、⑨再現分析機能、⑩系時俯瞰機能を挙げている。比較すると本報告ではカウンセリング場面での気付き機能の独自な有用性を示した。
文献
藤原友和 2011 教師が変わる!授業が変わる!「ファシリテーション・グラフィック」入門 明治図書
井上孝代(1998) カウンセリングにおけるPAC(個人別態度構造)分析の効果 心理学研究, 69, 295-303.
キーワード:ビジュアル、ファシリテーション, グラフィック (いのうえたかよ、伊藤武彦)