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反TPPの国際的な動向: Digital
  Rights Campからの示唆
               渡辺智暁
    クリエイティブ・コモンズ・ジャパン常務理事
      国際大学GLOCOM 主任研究員/准教授
  TPPの知的財産権と協議の透明化考えるフォーラム
                   2012.12.12. 於:東京大学
本日のメニュー

・Digital Rights Campはどんな会合だったか
・TPPについての論点の紹介(抄)
TPP1:「Investment Chapterに注意!」
TPP2:「スリー・ステップ・テスト」問題

※発表内容は本フォーラムや所属組織の見
 解ではなく個人の見解です。
どんな会合だったか
3種類の参加者:
- 反TPP
- 知財(著作権、特許)やインターネット政
  策
- 言論の自由(検閲・監視・政治弾圧)

「チャタムハウス・ルール」を採用(発言
 者と発言内容をひもづけて外部に伝えて
 はいけない)
参加者はアジア・太平洋地域か
      ら
日本、タイ、ベトナム、シンガポール、マ
 レーシア

カナダ、米国、メキシコ、チリ

オーストラリア、ニュージーランド
どんな会合だったか
・2種類の議論
- 各国の動向:知財、ネット、言論の自由
- 個別の政策に関するグループ討論(TPPに
  関係のある著作権が主。)

※他に政策アドボカシー活動、アクティビ
 ズムなどについてのノウハウ共有、TPPの
 内容に関する議論も。
反TPP系
・Stop the Trap:カナダの組織Open Mediaが中心
 となっている国際的反TPP連合。
・Public Citizen:米国の政策系消費者団体
・Knowledge Ecology Institute:著作権、特許、
 ネット政策などの分野で活動する国際NGO
・Electronic Frontier Foundation:米国の知財、
 ネット、デジタル関連政策に関する公益団体
・Consumers International:消費者団体の国際連
 合

※反対の過激度は様々
「Investment Chapterに気をつけ
            ろ」
Investment Chapterの概要
TPPには投資家保護条項が含まれる。
・「投資」は広く定義され、知財も含まれ
 る
・政府のアクション(収用)によって投資
 の価値が減った場合、投資家は、補償を
 求めることができる。
→日本の著作権法改正によって、「自社の
 持つ著作物の価値/潜在的売り上げ」が
 下がったら、補償を求めることができ
 る。
制度の意義と弊害
+ 法治国家として機能していない国の司法制
  度に頼らず、紛争解決ができる
- よく整備された司法制度に比べると、か
  なりお粗末な設計になっているとの批判
  がある。
+ 政府の差別的な待遇、予想外の決定などか
  ら投資家を保護できる
- 投資家の積極的な提訴が圧力になって、
  重要な規制も手ぬるくなる
制度設計上の問題
透明性が不十分
予測可能性などに乏しい(過去の判例に拘
 束されない)
上訴ができない
判事と弁護士にあたる立場が入れ替わりや
 すく、投資家に有利になる制度設計に
 なっているとの説も
規制への圧力
・有害物質の規制などに対しても、提訴さ
 れ、賠償金の支払いを命じられたケース
 が過去にある。(他の条約の同様の条項
 から)
その他
・そもそも流動的で、今後も時代の変化に
 対応を迫られる著作権を、条約によって
 変更しにくくしてしまう。

・批判の中には誇張も含まれているかも知
 れないが、それを検討するためにもプロ
 セスの透明性や広い議論が必要
想定例
教育目的で著作物を使ってもよい、という
規定の範囲を広げる(オンライン教育対
 応)
→教育に使えるような著作物の権利者は、
 その著作権から得られる収入が減る。
→補償を求めることができる場合がある。
「スリーステップテスト」問題
「スリーステップテスト」
・特別の場合
・その著作物の通常の利用を妨げない
・ 著作者の正当な利益を不当に害しない
場合に、著作権法に例外規定を設けること
 ができる。
考えられる影響
・日本版フェアユース導入

・一部著作権の報酬請求権化や、録音・録
 画補償金制度の拡大など

などがこのスリーステップテストに照らし
 てOKかどうかが、問題にされうる
国内での議論
・日本版フェアユースの導入に際しての文
 化庁での議論:あまり大きな懸念材料と
 しては扱われなかった。
・WTOの報告書で解釈が示されている他は、
 手引きに乏しい。
・より柔軟な解釈が適当との見解を示した
 マックス・プランク研究所の宣言がしば
 しば参照される。
投資家保護との兼ね合い
日本が著作権法を改正
→それが既存の知的財産の価値を減らす
→投資家が仲裁機関へ提訴
→問題があれば日本政府は賠償義務を負う

※Digital Rights Camp参加者の間でも、
 Investment Chapterの影響の大きさについては
 意見が分かれていた。
※他の投資条約やFTAとの比較も含め、要検討
 か。
まとめ
・もっと広範で活発な議論を期待したい
・そのためにも交渉プロセスや文書の公開
 を希望したい
・TPPは農業だけの問題ではない
・思わぬところに知財・情報政策に影響を
 与える内容が含まれているかも知れない
・条約締結によって、将来的な立法対応の
 幅を狭めてしまうには、知財・情報政策
 はあまりにも発展途上

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