神奈川の県立図書館を考える会政策提言「民間からの政策提言-これからの県立図書館像」
- 2. 1. 提言にあたって-問題と論点の整理
1.1. 本提言の位置づけ-対立から対話・提言へ
昨秋、神奈川県が発表した「神奈川県緊急財政対策」によって、紅葉ケ丘と川崎に立地
する神奈川県の 2 つの県立図書館のあり方に注目が集まりました。私たち、神奈川の県立
図書館を考える会では、神奈川県が示した「機能の純化・集約化を含めた検討」を受け、
Facebook 上での議論、会議での議論、シンポジウムでの討論、県立図書館への見学等を通
し、この問題について市民としての立場での検討を深めてきました。
約半年に及ぶ広範な議論を踏まえて、本日、ここに政策提言「民間からの政策提言-こ
れからの県立図書館像」を発表します。この提言は、神奈川県知事や神奈川県庁による問
題提起、そして神奈川県議会での議論を踏まえつつ、広範な民間の知恵、市民の知恵を結
集したものです。この提言が、財源問題という神奈川県に限らず、日本全国の自治体が抱
える大きな課題を前に、財政的な課題解決を含めたよりよい県政のあり方を実現していく
一助になれば幸いです。
なお、神奈川の県立図書館を考える会では、いたずらに対立軸をつくりだすのではなく、
県知事は県知事の役割を、県庁は県庁の役割を、県議会は県議会の役割をそれぞれ十分に
果たしているととらえています。むしろ、いま必要とされているのは、これらの行政と政
治の提起と検討を受けて、県民・市民として、私たち自身も知恵を出していくことです。
この立場から本提言はまとめられています。政治や行政はけっして遠い世界の出来事では
ありません。県民・市民の一人ひとりが自らの持つ専門的な知見を政策として提言してい
くという新たな政治・行政への県民・市民の参画モデルをつくりだしていきましょう。本
会、そして本提言はそのモデルの一つでありたいと願っています。もちろん、私たちの政
策提言が絶対的に正しいわけではありません。しかし、このように対立ではなく、協働の
意識と姿勢を示すことが、神奈川県において新たな政治・行政への県民・市民の参画モデ
ルを形づくっていくことになるはずです。この意図を汲み取り、一人でも多くの県民・市
民のみなさんが、対立や反対ではなく、対話や提言という理想の実現手法に加わっていた
だければ、それは大きな喜びです。
1.2. 基本的な問題整理
さて、図書館、特に都道府県立の図書館のあり方を巡って、本会の基本的な認識を整理
しておきます。これは言うなれば、ありがちな誤解や誤解に基づく行政批判や図書館批判
に答えるものです。
1.2.1. 複数館体制批判について-関東南部は全都県が複数館体制
まず、都道府県立の図書館が複数の図書館を持つことについて述べておきましょう。神
奈川県は紅葉ケ丘の社会・人文系リサーチライブラリーと川崎の科学と産業の情報ライブ
ラリーという 2 つの図書館を設けています。県が複数の県立図書館を有することに、無駄
を感じる方もいらっしゃいますが、単純な事実だけを述べれば、都道府県が複数の図書館
を設置することはけっして稀ではありません。特に関東地方の首都圏においては、東京都
- 3. (中央図書館、多摩図書館)、千葉県(中央図書館、東部図書館、西部図書館)、埼玉県(浦
和図書館、久喜図書館、熊谷図書館)と 2 つから 3 つの図書館を持つ都県が存在します。
これはそれぞれの自治体が独自の判断で図書館行政を実施している結果ですが、この例か
らもわかるように神奈川県だけが「無駄に」県立図書館を複数抱えているわけではありま
せん。紅葉ケ丘と川崎の両県立図書館のあるべき姿については後述しますが、まずは事実
問題として、複数の県立図書館を設置していることは特異なことではないということを、
価値判断をする前の事実として述べておきたいと思います。
1.2.2. 二重行政批判について-県立図書館ならではの役割の存在
神奈川県は、県内に横浜市、川崎市、相模原市という 3 つの政令指定都市を持っていま
す。一つの県に 3 つもの政令指定都市があるのは、神奈川県だけであり、これは神奈川県
の大きな特色となっています。他方、非常に大きな権限を有し、かつ大規模な人口を抱え
る政令指定都市がある結果、この 3 都市においては神奈川県庁の役割が極めて限定されて
います。
この結果、しばしば指摘されるのが、神奈川県とこれらの政令指定都市 3 自治体の二重
行政です。確かに、県立図書館に限っても、神奈川県立の図書館は横浜市の紅葉ケ丘と川
崎市に立地しており、この両市にはそれぞれ市立の大規模な図書館が存在します。このた
め、神奈川県が県立図書館を持ち続けることは二重行政のようにも見えます。しかし、こ
こは立ち止まって慎重に考えるべきことがあります。
まず、神奈川県には 33 の自治体(19 市 13 町 1 村)がありますが、このうち開成町、山
北町、中井町、箱根町の 4 自治体にはその自治体の条例によって設置を定める条例上の公
共図書館が存在しません。これらの自治体にとっては、自由に使える図書館はまずは県立
の図書館ということになります。そう考えますと、二重行政であるから県立図書館は不要
であるという議論は、非常に乱暴なものではないでしょうか。すべての神奈川県民が等し
く県税を負担する以上、県内のどの地域に居住しようが、同等の行政サービスを受けられ
るという平等性は極めて重要です。二重行政という批判は、ある面では恵まれた都市部の
横暴とも言えるのではないでしょうか。
そして、県には県の役割があります。図書館について言えば、都道府県立の公共図書館
は、専門的な調査・研究に資する様々な資料・情報を収集し、必要とするときに誰もが自
由に利用できるようにするという大きな役割を担っています。他方、市町村立の公共図書
館は、上記のような調査・研究の支援も行いますが、読みたい本等を誰もが自由に手にと
れるという読書支援が大きな役割となっています。都道府県には都道府県の役割が、市町
村には市町村の役割があり、それぞれに重要な責務を負っています。この点を理解せずに、
「二重行政」という言葉を使って、安易に行政機能を統廃合し、削減することに私たちは
賛成できません。
また、2011 年に発生した東日本大震災を踏まえると、非常時においては都道府県行政や
都道府県立の図書館の存在意義を強く感じます。私たちのメンバーには、岩手県、宮城県、
- 7. 神奈川県の喫緊の課題でもある財政対策という効果を考えると、これらの類縁機関と神
奈川県立図書館は、機能的な連動や組織的な統合を図れる余地が十分にあります。このよ
うな機能的な連動や組織的な統合を実施することは、
1.人件費、施設費、賃貸費、事業費の削減効果をもたらし、
2.同時に神奈川県立図書館を中心とした神奈川県の情報サービス機能を強化する
という 2 つの効果をもたらすと考えます。財政負担の削減と機能面での高度化という 2 つ
の効果を上げうる、これらの施策の可能性は各機関の実情を十分に踏まえたうえで検討さ
れるべきでしょう。そのうえで仮に妥当性があるのであれば、これらの機関と神奈川県立
図書館の機能的な連動や組織的な統合は、当該事業に携わる県職員の処遇や各施設の立地
自治体との調整に留意しつつも、実施されてしかるべきではないでしょうか。
2.4. かながわ資料のさらなる充実
図書館法の第 3 条が図書館の収集すべき資料として、第一に挙げているように、「地域資
料」は公共図書館の根幹の一つです。これまで神奈川県立図書館では、かながわ資料室の
活動に象徴されるように、神奈川県と県下の市町村に関する資料の収集に尽力してきまし
た。
特に神奈川県内の刊行物等を収集するのにとどまらず、日本全国の自治体史を収集して
きたという取り組みは、全国的にみても稀なものです。この事業は、鎌倉時代に事実上の
首都として機能した鎌倉市が神奈川県内に存在することと深く関係しています。神奈川県
外であっても、日本全国の各自治体は鎌倉時代に関する当該自治体の歴史記述において、
神奈川県に言及することが頻繁に見受けられるため、神奈川県立図書館では日本全国の自
治体史の収集と、収集した資料群から神奈川県に関する記述や言及を発見・整理すること
に努めてきました。
このような取り組みは、たとえばかつて首都であった奈良県や京都府等では見受けられ
ない神奈川県独自の価値ある事業です。長い日本の歴史において、神奈川県は事実上の首
都であったという記録を蓄積するということは、郷土愛やシビックプライドを育むうえで
も極めて重要です。神奈川県立図書館の開館以来、営々と継続されているこの事業は、地
方の価値があらためて注目される現在においては、むしろ、いままで以上に積極的に取り
組むよう提言します。
2.5. 神奈川県政・行政・議会支援の充実
2.3.の「高度化のための県立類縁機関の集約」でもふれていますが、神奈川県には議会資
料等を有する神奈川県議会図書室(横浜市中区)と行政資料を有する神奈川県県政情報セ
ンター(横浜市中区)が存在します。神奈川県立図書館の新たなビジョンには、これらの
類縁機関との機能的連動や組織的統合を含めた県政支援機能の充実を盛り込むことを提言
します。
公共図書館のサービス対象は、けっして一般の県民・市民に限られるものではありませ
ん。国立国会図書館がまさにそうであるように、立法や行政を情報という観点で支援する
- 17. 参考:神奈川の県立図書館を考える会
本会のあらまし
神奈川の県立図書館を考える会は、2012 年 11 月 8 日(木)に、主宰者である岡本真(企
業経営者)の呼び掛けに寄り発足しました。
呼びかけは、主にインターネットのソーシャルネットワーキングサービス Facebook 上で
行われ、当初段階で約 150 名が、現段階では約 220 名が参加しています。
会としては、厳密な会則等は設けず、参加者各自が社会的な地位に左右されることなく、
対等な議論を行うように努めています。
なお、本会ではこれまで、9 回の定例会、2 回の勉強会を含め、以下の催しを開催してき
ました。
<イベント開催記録>
2012 年 11 月 16 日(金):
さくら WORKS<関内>オープンナイト Vol.11「いま、ヨコハマで図書館を考え
る-図書館総合展、そして神奈川県立図書館」
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2012 年 12 月 23 日(日):
神奈川の県立図書館を考える会第 1 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 1 月 12 日(土):
神奈川県立図書館(紅葉ケ丘)見学会
於・神奈川県立図書館
2013 年 1 月 12 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 1 回勉強会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 1 月 24 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 2 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 2 月 2 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 3 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 2 月 9 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 4 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 2 月 23 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 5 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
- 18. 2013 年 3 月 1 日(金):
神奈川の県立図書館を考える会第 1 回政策提言シンポジウム
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 3 月 31 日(日):
神奈川の県立図書館を考える会第 6 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 4 月 21 日(日):
神奈川の県立図書館を考える会第 7 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 5 月 1 日(水)~2013 年 5 月 5 日(日・祝):
神奈川の県立図書館を考える会アイデアソン(全 5 回)
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 5 月 23 日(木):
神奈川の県立図書館を考える会第 8 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 6 月 1 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 2 回政策提言シンポジウム
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 6 月 15 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 9 回定例会
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
2013 年 6 月 15 日(土):
神奈川の県立図書館を考える会第 2 回勉強会「図書館協議会」(講師:平山陽菜)
於・さくら WORKS<関内>(神奈川県横浜市)
<メディア紹介情報>
また、神奈川新聞の連載「県立図書館「廃止」を問う」(2013 年 1 月 29 日(火)~2 月
8 日(金))をはじめ、以下のメディアで紹介されました。
神奈川新聞
毎日新聞
東京新聞
共同通信(神戸新聞ほか)
<主宰者について>
主宰者の岡本真は神奈川県横浜市において、知識・情報の活用に関するコンサルティン
グやプロデュースを行う企業を経営している者です。ただし、本会の活動はあくまで一県
民、一市民として個人的に行っています。