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入菩薩行論 第六章 忍耐[2] (現代超訳)

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入菩薩行論 第六章 忍耐[2] (現代超訳)

  1. 1. にゅう ぼ さつ ぎょう ろん 入 菩 薩 行 論 菩 薩 の 生 き 方 へ の 手 引 (Bodhisattvacharyavatara : A Guide to the Bodhisattva's Way of Life) 寂天菩薩 (Acharya Shantideva) 著 土山仁士 現代超訳 第六品 安忍 (第六章 忍耐[2]) 43.敵器與我身 二皆致苦因 雙出器與身 於誰該當瞋 敵の武器と私の体の両方が苦しみの原因です。双方が武器と身体で暴力をふるっ たのですから、誰に怒るべきなのでしょうか? 【敵は武器で、自分は身体で暴力をふるったのだから双方共加害者であり怒るべき 対象は双方であるという趣旨。】 44.身似人形瘡 輕觸苦不堪 盲目我愛執 遭損誰當瞋 身体は人間の形をした膿瘍に似ており、軽く触れられることにすら耐えられません が、盲目的な我執は、損傷した時は誰に怒るべきなのでしょうか? 【自分への愛着である我執は非常に敏感であり、壊されると怒りに変化する。怒り の対象を我執を壊した相手に向けるのが一般的であるが、本当の根源は自分への 執着心である】 45.愚夫不欲苦 偏作諸苦因 既由己過害 豈能憎於人 愚かな人々は苦しみを望んでないにも拘わらず、苦しみの原因を作り出すものです。 苦しみは自ら犯した過ちのせいなのです。それなのに、どうして他人を憎むことがで きるでしょうか? 【苦しみの原因を自ら創造していることに気付かず、苦しみを望まない人が自らを苦 しめているのは誠に滑稽である。更に、苦しみの原因を他人のせいにしているのは 無茶苦茶である】 46.譬如地獄卒 及諸劍葉林 既由己業生 於誰該當瞋 ちょうど地獄の兵士と鋭い葉で覆われた林のように、この苦しみは自分の行動から 生じたものでしょうか?それでは私は誰に怒るべきなのでしょうか? 【自由を奪われた牢獄に入れられているような苦しみを、自分が自分に課していると したら、怒るべき他人はいないという趣旨】 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  2. 2. 47.宿業所引發 令他損惱我 因此若墮獄 豈非我害他 私の行動に誘発されて、他人が私に危害を加えることがあります。もし、彼らがその 行動によって地獄に落ちるなら、彼らを害しているのは私ではないでしょうか? 【自分では気付いていない傲慢な行為は、他人に自分を攻撃させるきっかけを与え、 他人は加害者として罰せられることになるので、他人を通して自分を害するだけで なく他人をも害することになるので注意を要するという趣旨】 48.依敵修忍辱 消我諸多罪 怨敵因我忍 墮獄久受苦 敵のおかげで忍耐が身に付き、私が犯した多くの罪悪を取り除いてくれます。しかし、敵は 私の忍耐によって地獄に落ち、長期間苦しみを味わうでしょう。 【敵からしか忍耐は学べない。敵は悪行を積んでまで自分に忍耐を教えてくれる有難 い存在であり、忍耐を通して自分の過去の罪滅ぼしができるので、むしろ感謝すべき であるという趣旨。但し、敵の攻撃に反撃するか、報復してしまうと過去の罪滅ぼしが できないばかりか、新たな悪行を積んでしまうので大変なことになる】 49.若我令受害 敵反饒益我 則汝粗暴心 何故反瞋彼 敵が私に利益をもたらしてくれているにも拘わらず、なぜ手に負えない私の心は私 が被害者のように敵に怒るのでしょうか? 【敵の攻撃は自分に忍耐の機会を与えてくれているのだから感謝すべきなのだが、 敵に対する怒りが先行してしまうという趣旨。感情を制御できない自分の心は手に 負えないが、自分の過去の悪行が敵から戻ってきているだけだという因果の法則 の無理解と忍耐の機会への感謝不足が背景にある】 50.若我有功德 必不墮地獄 若吾自守護 則彼何所得 もし私が功徳を積んでいれば、絶対に地獄には落ちないでしょう。しかし、もし私が (怒ることで)自分を守護しているつもりなら、それから得るものは何もありません。 【善行を積む人間が地獄に落ちることは絶対にないと明言している。敵の攻撃を敵 のせいにして、自分を反省することなく自分を善人と錯覚して護っているつもりなら、 過去の悪行の影響を終わらせることも、忍耐と言う美徳を習得することもできないと いう趣旨。敵が現れ自分に攻撃してくるからには、過去の自分に何らかの原因が 必ずあると仏教は考える】 51.若以怨報怨 則敵不護罪 吾行將退失 難行亦毀損 もし怨みを怨みで返したら、敵から自分の身を護らないという罪を犯したことになり ます。また、私の行動は退廃し、不屈の精神も破壊されるでしょう。 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  3. 3. 【敵の攻撃の背景には自分に対する怨みが必ずあるはずであり、今回の敵の攻撃 に自分が怒って反撃するか報復することは、敵の怨みを自分の怨みで返すことにな る。そうすると敵は反撃や報復に怒って、追って自分に報復してくるので、結局自分 の報復は自分を護ることにならず、むしろ敵の報復を招くというリスクを増やしただ けである。この悪循環を止めないと、双方共悪行を積み続けることとなり、忍耐とい う美徳がなくなってしまう趣旨】 52.心意無形體 誰亦不能毀 若心執此身 定遭諸苦損 心や考えは物理的なものではありませんので、誰も破壊することはできません。もし、 心が肉体に非常に執着していたなら、諸々の苦しみによる害を被ります。 【心や考えには形がないので、物理的にその形を壊すことはできず、身体に執着す ると多くの苦しみをもたらすという趣旨。自分に執着すると自分が特別な存在である と錯覚してしまい、驕りや傲慢や強欲などの自己中心的な心が生じ、恐れや怒りや 憎しみなどの破壊的感情に苦しむからである】 53.輕蔑語粗鄙 口出惡言辭 於身既無害 心汝何故瞋 軽蔑的な言葉、下品な言葉、無慈悲な発言は体には害を及ぼしませんが、心はな ぜ怒るのでしょうか? 【人間は言葉によって物理的な影響を受けないが、怒りなど精神的な影響を受ける という趣旨】 54.謂他不喜我 然彼於現後 不能毀損我 何故厭譏毀 他人が私を好きではないからです。しかし、そのことは今後共私に損害を与えること ができるものではないのに、なぜ反発するのでしょうか? 【敵の憎しみは自分に危害を加えることはできないのに、怒って敵に反発してしまう 自分に戸惑っているという趣旨。何か癪に障る理由があるのであろう】 55.謂礙利養故 縱我厭受損 吾利終須捨 諸罪則久留 私への嫌悪が利益の妨げになるからです。私は損を被るのはうんざりですし、利益 を残しておかなければならないし、私の諸々の罪悪は長期間留まるでしょう。 【怒って敵に反発してしまう理由は損を被りたくないのと、利益を妨害されたくないか らであるが、怒りによる敵への反発は悪行を積むことであると認識している】 56.寧今速死歿 不願邪命活 茍安縱久住 終必遭死苦 邪悪な人生を送りたくありませんので、寧ろ今すぐ死ぬほうがましです。なぜなら、 私のような人間が長生きすると、必ず最終的に死の苦しみを味わうからです。 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved. 2013
  4. 4. 【長生きして死の苦しみを味わいたくないから今すぐ死ぬ方がましだとか、邪悪な人 生に気付いていながら改めようとしない姿勢は、自己中心的であると言えよう】 57.夢受百年樂 彼人復甦醒 或受須臾樂 夢已此人覺 100年の幸福を経験した夢から一人が目覚めるとしましょう。そして、もう一人はほん の一瞬の幸福しか経験できなかった夢から目覚めるとしましょう。 【長い幸福の夢であろうが、短い幸福の夢であろうがという趣旨】 58.覺已此二人 夢樂皆不還 壽雖有長短 臨終唯如是 目覚めたこの二人共、幸福だった夢の世界には二度と戻れません。臨終もまた寿 命の長短に拘わらず、これと同様に訪れるでしょう。 【夢で見た幸福の世界に二度と戻れないのと同様に、死も寿命の長短とは関係なく 訪れ二度と生前に戻れないという趣旨】 59.設得多利養 長時享安樂 死如遭盜劫 赤裸空手還 莫大な富を得ることにより、長期間幸福に暮らせるかもしれませんが、死はちょうど 泥棒に遭ったが如く、身包み剥がされて真っ裸で手ぶらになるようなものです。 【死ぬ時は物質的な富を全てこの世に置いていかねばならず、あの世へは持ってい けない。あの世へ持っていけるのは功徳のみである。皆、裸で生まれ裸で帰る】 60.謂利能活命 淨罪並修福 然為利養瞋 福盡惡當生 確かに物質的な富のおかげで生存することができ、罪悪を浄化し福徳を得る機会を 得ます。しかし、もし物質的な富のために怒るなら、福徳は尽き罪悪が増えます。 【功徳を積めば過去の罪悪を浄化できると共に福徳を得られるが、悪行を積むと過 去の功徳による福徳を得られなくなると共に悪果がもたらされるという仏教哲学を 説いており、生き方次第で運命が変わることを示している。もちろん、生きて運命を 創造する機会を得るためには体と心(脳)の生存が前提であり、物質的な富も必要 である】 61.若為塵俗活 復因彼退墮 唯行罪惡事 茍活義安在 もし、物質的な富だけのために生きて人間性を退化させるなら、罪悪を積むだけの 人生は何の役に立つというのでしょうか? 【物質的な富を得ることだけを目的として生きると堕落人生になるというのだから、 罪悪だらけの人生を送るともっと大変なことになるという趣旨】 62.謂謗令他疑 故我瞋謗者 如是何不瞋 誹謗他人者 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved. Copyright 2013
  5. 5. 私は自分の悪口を言う人に怒りますが、なぜ同様に他人の悪口を言う人に怒らない のでしょうか? 【自分のことは大事だが、他人のことはどうなってもいいという自己中心的な考え方 を示している。悪口は悪行なので誰に対する悪口でも同じはずだが、自分の悪口に は敏感で他人事には無関心なのは考え方が偏っている証拠と言えよう】 63.謂此唯關他 是故吾堪忍 如是何不忍 煩惱所生謗 悪口を言う人に問題があるだけなのですから、私は耐え忍べばいいのに、煩悩の 発生につながる自分への悪口になぜ辛抱できないのでしょうか? 【悪口を言われても相手の問題であれば、自分は淡々としていればいいだけなのだ が、辛抱しきれず怒りという煩悩を生じて心を汚してしまう理由を問うている。自分 への執着と忍耐や寛容や許しなどの理性不足に気付いていない】 64.於佛塔像法 誹詆損毀者 吾亦不應瞋 因佛遠諸害 もし、仏塔や仏像や仏法の悪口を言ったり、破壊したりする者がいても、仏陀自体 が傷つくことは決してありませんので、私は怒るべきではありません。 【相手の悪口や否定的行動に対して怒らない方法として、仏陀はその悪行に決して 傷つかないから怒るべきでないと考える方法がある。傷つくということは、他人のせ いにすることなので、仏陀がそのように傲慢になるはずがないと考える】 65.於害上師尊 及傷親友者 思彼皆緣生 知已應止瞋 私の尊敬する師匠に危害を加え、親戚や友人を傷つける人に対して、この人の行 動は条件によって生じていると捉えて、私は怒りを止めるべきです。 【自分が尊敬する人への悪行に対して怒りを止める方法としては、過去の因縁によ って全てが生じているのだから仕方ないと考える方法がある。因果の法則を理由に すれば説明できないものはない】 66.情與無情二 俱害諸有情 云何唯瞋人 故我應忍害 心の働きのある生物も心の働きのない非生物も、諸々の心を有する生きものを全て 害しますが、なぜ人間だけが目を怒らせるのでしょうか?なぜなら、人間である私は 害に耐え忍ぶべきだからです。 【生物も非生物も苦痛を感じる生きものを害することにおいては同じなのに、人間だ けが怒る理由を問うている。人間は忍耐を学ぶ必要があるからだと答えているが、 なぜ人間以外は学ぶ必要がないのであろうか?それは、人間が高い知能を有する が故に生じる、より大きな自己中心的な心や破壊的感情を制御するために不可欠 な忍耐などの理性を習得する必要性が高いからであろう。高い知能は両刃の剣】 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  6. 6. 67.或由愚損人 或因痴還瞋 此中孰無過 孰為有過者 愚かな人が他人を犠牲にし、愚かにも被害者が加害者に怒り返したとしたら、どちら に過ちがあり、どちらに過ちがないのでしょうか? 【最初に危害を加えた人に過ちがあるのは言うまでもないが、後で怒り返した被害 者にも過ちがある。被害に耐えていれば過去の罪悪を浄化できていたが、怒り返す という新たな罪悪を創造してしまったため、将来新たな悪果を受けることになる】 68.因何昔造業 於今受他害 一切既依業 憑何瞋於彼 私が過去にした行動によって、今他人から害を受けているのです。全てのことは私 の過去の行動が原因で起こるにも拘わらず、なぜ他人に怒るのでしょうか? 【怒りの源は相互依存の真理に対する無知であり、無知から生じる驕り・傲慢・強 欲・執着等の自己中心的な心が怒りや恐れ等の破壊的感情を引き起こす】 69.如是體解已 以慈互善待 故吾當一心 勤行諸福善 体が己のことを良く理解しているように、互いに相手のことを思いやり善行を積むべ きです。ですから、私は道を踏み外しそうになったら、あらゆる善行を実践します。 【相手の立場になって考え、相手のためになることを行うことが思いやりの実践であ り、善行である。善行は過去の悪行の影響を弱め、福徳をもたらす効果があると仏 教では考える】 70.譬如屋著火 燃及他屋時 理當速移棄 助火蔓延草 例えば、一軒の家の火事が別の家に燃え移った時、火が広がる原因となる藁など の干し草を素早く取り除くことは正しいことです。 【相手の幸せを思いやる行為は相手を幸福にするだけでなく、その功徳により自分 も恩恵を受けるという趣旨】 71.如是心所貪 能助瞋火蔓 慮火燒德屋 應疾厭棄彼 貪欲な心が怒りという火の蔓延を助けるように、怒りの火によって自分の功徳という 家を焼かれないように配慮し、すぐに怒りの火を消すべきです。 【人間である以上、怒りの発生は避けられない。怒りが発生した時、いかに迅速に 怒りを減少させ、取り除くかが幸福か苦しみの分かれ道となる。怒りを減少させる第 一の方法は忍耐である。その他の方法としては、哀れみ・寛容・許し等がある】 72.如彼待殺者 斷手獲解脫 若以修行苦 離獄豈非善 死刑を待つ人が手の切断と引き換えに解放されるように、苦しみの修行をすること 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  7. 7. によって地獄を免れるのであれば、それは善いことではないでしょうか。 【苦しみの克服の仕方は、実際に苦しみを体験しなければ身に付くものではなく、今 は苦しくても今後苦しみから解放されるのであれば、大いに価値があるという趣旨】 73.於今些微苦 若我不能忍 何不除瞋恚 地獄眾苦因 もし、現在の些細な苦しみにすら耐えられないのであれば、地獄の苦しみの原因で ある怒りを取り除くことなどできるわけがありません。 【怒りは地獄の苦しみの原因と言えるほど莫大な苦しみをもたらすが、取り除くには 大きな苦しみを伴うという趣旨。怒りの解毒剤は、忍耐・哀れみ・寛容・許し等の理 性であるが、習得するには敵との熾烈な経験が不可欠となる】 74.為欲曾千返 墮獄受燒烤 然於自他利 今猶未成辦 欲望と引き換えに多くのお返しが必要となり、地獄に落ち火あぶりの刑を余儀なくさ れました。しかし、今もまだ自分の利益にも他人の利益にもなっていません。 【自己中心的な欲望を満たすには、多くの犠牲を払わなければならないにも拘わら ず何のメリットもないという趣旨】 75.安忍苦不劇 復能成大利 為除眾生害 欣然受此苦 苦しみに耐え忍ぶことにより大きな利益を得ることができます。人々が発生させた害 を取り除くため、喜んでその苦しみを引き受けます。 【忍耐からは大きなメリットを得られるので、他人が引き起こした問題であってもその 解決を通して、苦しみに耐え忍ぶ機会を歓迎するという趣旨】 76.人讚敵有德 若獲歡喜樂 意汝何不讚 令汝自歡喜 敵を徳がある人として称賛することにより、自分が喜びに満ちた幸福を得られるの なら、心よ、なぜあなたもまた敵を称賛して自分を喜ばせないのでしょうか? 【いくら自分が幸福になれるからといって、敵を称賛するわけにはいかないと頑なに 心が拒絶する理由を問うている。自分への執着、寛容や許しの欠如が考えられる】 77.如是所生樂 唯樂無性罪 諸佛皆稱許 復是攝他法 敵を称賛することは幸福を生じる源のようなものであり、その幸福に罪の性質はなく、 仏も皆称賛しており、他人を惹きつける最高の方法です。 【敵を称賛するのは理不尽だというのが一般的な考えだが、敵にその意図はなくて も自分にとっては罪悪を積んでまで忍耐を教えてくれるの唯一の存在である。また、 心を汚しても何の役にも立たず寧ろ有害なだけであり、真の敵は自らの自己中心的 な心や破壊的感情である観点から言っても敵を憎むより称賛する方が賢明である】 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  8. 8. 78.謂他獲樂故 然汝厭彼樂 則應不予酬 此壞現後樂 このように褒められることによって人は幸せになると言われています。しかし、もしあ なたがこのような方法で敵を幸福にしたくないなら、褒めるという報酬を中止するべ きですが、そうすることによって今後の幸福が破壊されてしまうでしょう。 【褒めることは相手を幸福にする報酬であるが、自分もまた幸福にするという趣旨】 79.他讚吾德時 吾亦欲他樂 他讚敵功德 何故我不樂 他人に自分の功徳を称賛してもらえると、私もまた彼らに幸福になって欲しいと思い ます。しかし、他人が敵の功徳を称賛しようものなら、なぜか私は幸福になれませ ん。 【同じ功徳を褒められるという行為であっても、褒められるのが自分か敵かで効果は真 逆になると主張している。自分への執着と怒りを制御する理性の欠如が感じられる】 2013年4月2日 土山仁士 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.

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