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放射線の専門家はなぜ信頼を失ったか?
 ――低線量被曝をめぐる科学と社会――




       2012年5月20日
      第85回五月祭公開講座
          島薗 進
Ⅰ.日本学術会議の放射能情報提供

4月25日 放射線の健康への影響や放射線防護などにつ
 いて説明した資料
 第1報 平常時と非常時の放射線防護基準について
 第2報 日常生活で受ける放射線について
 第3報 平常時に適用する線量限度(平成23年4月28
 日)
 第4報 放射線の健康影響には2つのタイプがある(平
 成23年4月28日)
3月21日 国際放射線防護委員会(ICRP)が発表した勧告
 ICRP勧告の解説、ICRP勧告の日本語訳、ICR
 P勧告の原文
放射線の健康影響
        2つのタイプがある
1.「症状、徴候が現れる身体的障害(確定的影響)
  ・1000ミリシーベルト以下では起こらない
  ・症状ごとに「しきい線量」がある
2.将来がんが発生する可能性(リスク)が高まる
   かもしれない影響(確率的影響)(晩発影響)
  ・被ばく集団と非被ばく集団の比較で検知
  ・被ばく者個人は認知できない
  ・防護の目的で低線量(100mリシーベルト以
 下)でも
   150ミリシーベルト以上と同様に線量に比例し
 てリス
   クが増加すると仮定(しきい線量なし)
日本学術会議(金沢一郎)会長談話
   放射線防護の対策を正しく理解するために
 2012年6月17日(金沢会長は19日に定年退任)

 平成23 年3 月11 日に発生した事故により東京電力
 福
島第一原子力発電所から漏出した放射性物質の人体へ
の影響などに関して、科学者の間から様々な意見が出
 さ
れており、国民の皆さんが戸惑っておられることを憂
 慮し
ています。/事故から10 日後の3 月21 日、国際放射
 線
「ICRP が定めた放射線防護の考え方は、多くの科学
者の異なった意見を取りまとめものであり、これま
で世界各国に採用され、日本政府もこれによって施
策を進めています。」
 「平常時の線量基準を維持するとすれば、おびただ
しい数の人が避難しなければならないことになり、
かえって避難者の多くにそのことによる身体や心の
健康被害などが発生する危険性があります。そこで、
ICRP の2007 年勧告は、緊急時における最適化の目
安とする線量を1-20
 mSv、20-100 mSv、100 mSv 以上(急性または年
間
 線量)の3つの枠で示し、状況に応じて、それぞれ
の枠の
 中で適切な線量を選定することを勧めており、今回
のよう
「これを受けて、政府は最も低い年間20mSv という
 基準
を設定したのです。」
「これは、緊急時に一般の人々を防護するための考え
 方
であり、長期間続けることを前提にしたものではあり
 ませ
ん。原発からの放射性物質の漏出が止まった後に放射
 能
が残存する状態を「現存被ばく状況」と呼びますが、
 その
ような状況になったときには人々がその土地で暮らし
 てい
くための目安として、年間1 から20 mSv の間に基準
 を設
首相官邸災害対策ページ
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka.html

原子力災害専門家グループ
・遠藤 啓吾   京都医療科学大学 学長
・神谷 研二   広島大学原爆放射線医科学研究所 所長
・児玉 和紀   (財)放射線影響研究所 主席研究員
・酒井 一夫   (独)放射線医学総合研究所 放射線防護研究
 セ
    ンター長
・佐々木 康人 (社)日本アイソトープ協会 常務理事(前 放
 射線
    医学総合研究所 理事長)
・長瀧 重信   長崎大学名誉教授(元(財)放射線影響研究
 所理
    事長、国際被ばく医療協会名誉会長)
・前川 和彦   東京大学名誉教授((独)放射線医学総合研
 究所緊急被ばくネットワーク会議委員長、放射線事故医療研
 究会代表幹事)
遠藤啓吾(5月12日)
「祖父母の幸せ--放射性物質のもう一つの顔」
  放射性物質「ヨウ素-131」を、100億ベクレル以上。
 これは今から26年前、甲状腺がんの手術と、肺への
転移の治療のために、私がある女子高校生に3回にわ
たって投与した放射線量です。
  このヨウ素-131だけでなく、同様に今回の原発事
故で大気中に放出されているセシウム-137、ストロン
チウム-90などの放射性物質やその関連物質は、病院
では患者の治療に使われているのです。当然、人体へ
の影響もかなり研究されています。
  特にヨウ素-131は、50年以上前からバセドウ病、
甲状腺がんを代表とした甲状腺などの病気の治療に、
カプセル剤として投与されています。ヨウ素 -131の
出す放射線の作用で、狙った細胞に強く障害を与えよ
うと、病気の部分にできるだけ多く集まるように工夫
しながら大量に投与します。
(とは言え、放射線による障害はできるだけ尐なく
抑えた方がよいのは、当然のことです。そこで、病気
の《診断》と《治療》では、異なる考え方に立ちま
す。昔は、甲状腺の《診断》にも尐量のヨウ素-131が
使われていたのですが、今では、それよりも放射線障
害の尐ないヨウ素-123などが使われるように なりま
した。)

 バセドウ病は、ヨウ素-131を服用して2ヶ月くらい
で治ります。冒頭でご紹介した女子高校生のように、
甲状腺がんの肺転移の治療の場合は、それよりもさら
に大量の投与で、治癒を目指します。

 ---今回の事故以来、テレビで解説をする機会が
増えた結果、先日思わぬお手紙をいただきました。ま
さにその、26年前の高校生の御両親からの近況報告で
した。
「テレビで、昔とお変わりないお姿を拝見しました。
当時16才で高校生だった娘は、甲状腺がんの肺転移で、
親にとって希望のない毎日でした。しかし、治療してい
ただき、その後結婚、出産。このほど、その子供が高校
生となりました。娘は、今も会社員として仕事しながら、
幸せに暮らしています。」
がんを克服した自分達の娘が伴侶を得て、高校生になっ
た孫と幸せに生活している祖父母の喜びが、目に浮かび
ます。このようなお手紙をいただくと、医者冥利につき
ます。

*************************
  ◎一方的な「安心」情報の提供でよいのか。
   ☆双方向的でない。問いかけに応じる姿勢が乏しい。
   ☆ 「情報」というより「評価」が優先されている。
   ☆結論が先にあって、読み手をそちらに導こうとし
 ている。
Ⅱ.低線量放射線の確率的影響をどう見る
          か?
 SMC(http://smc-japan.sakura.ne.jp)3/22
  「放射性物質の影響:山下俊一・長崎大教授」
 1度に100mSv以上の放射線を浴びるとがんになる
  確率が尐し増えますが、これを50mSvまでに抑えれ
  ば大丈夫と言われています。原発の作業員の安全被
  ばく制限が年間に50mSvに抑えてあるのもより安全
  域を考えてのことです。
 放射線を被ばくをして一般の人が恐れるのは将来が
  んになるかもしれないということです。そこで、も
  し仮に100人の人が1度に100msvを浴びる と、が
  んになる人が1生涯のうちに1人か2人増えます
  (日本人の3人に1人はがんで亡くなります)。で
  すから、現状では
   になる人が目に見えて増えるというよ うなことは
 中川恵一『放射線のひみつ』2011年6月10日

 「原爆を投下され大きな被害を受けた広島・長崎
の被爆者を長年調査した結果、だいたい100~150
ミリシーベルトを超えると、放射線を受けた集団
の発がん率が高くなることがわかっています。裏
を返せば、100ミリシーベルト以下では、発がん率
が上昇するという証拠がないのです。
がんはさまざまな原因で起こります。細胞分裂の
際のコピーミスが基本なので、放射線のみならず、
老化、タバコやお酒、ストレス、付記俗な生活慣
習でも起こります。
100ミリシーベルトの放射線を受けた場合、放
射線によるがんが原因で死亡するリスクは最大に
見積もって、
 3人に1人はがんで亡くなっています。つまり、が
んで死亡する確率は(だれにとっても)33.3%で
す。放射線を100ミリシーベルト受けると、これ
が33.8%になることを意味します。

 比喩を使って説明します。人口1000人の村が
あれば、そのうち333人は、放射線がなくても、が
んで死にます。この村の全員が100ミリシーベ
ルトの放射線を被ばくすると、がんで死亡する人
数が、338人になるだろう、ということです。(現
実には、増加は5人以下だと思われます。

 ところで、発がんのリスクは、実はタバコのほう
がずっと大きいのです。p.46-48
放影研要覧(2008年)
「がんリスクの増加は、原爆被爆者に認められる最
 も重要な放射線被曝による後影響である。(中
 略)2,500m以内で被爆した人の平均放射線量は約
 0.2Gyであり、この場合、がんリスクは標準的年齢
 別の率よりも約10%高くなっている。1Gy被曝によ
 るがんの過剰リスクは約50%である(相対リスク
 1.5倍)」。 P13

◎これによると、放射線被曝せずにがんにかかる人
 を30%あるいは50%として、100mSvの放射線被曝で
 31.5%、52.5%に上昇することになる。
◎低線量ではそれより低いとして1/2(この数値は
 見直しの方向)とするとしても、30.75%、51.25%。
 「UNSCEAR2000年報告書によれば、固形がんの
  場合には、被ばく時年齢が低いほど生涯がん死
  亡率が高くなる。一方、白血病の場合は、10歳
  以下の被ばくでリスクが高くなる。(中略)
  ICRP1990年勧告は、若年齢群(20歳以下)の生
  涯がん死亡率は、成人群(20~64歳)のおおよ
  そ3倍と見積もっている。」
 放射線医学総合研究所編(土居雅広責任編集)
  『虎の巻 低線量放射線と健康影響』医療科学
  社、2007年

 先の発がんについての計算にこのがん死の数値
 をあてはめると、子どもの発がんは32,25%、
 53,75%に増えるということになる。
 中川恵一『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』K
Kベストセラーズ、2012年1月
 「ある被ばく量になると、将来の発がんリスクが上
昇します。将来、がんになる危険性が高まるというこ
とでえす。しかし、発がん以外の健康影響はないとい
えます。つまり、一般市民にとって、被ばくの問題は、
がんの問題なのです。」

 井上達(日大医学部・国立医薬品食品衛生研究所、每
性学)「放射線の「確率的影響」の意味」『科学』
2012年5月号。
  「ヒトでは明らかに心臓や肝臓に影響が現れること
が知られています。子どもの場合は、亡くなるとおか
しいとわかるので被曝との関係が明らかになりますが、
成人では体質の問題などとして、葬られてしまったき
低線量被ばくのリスク管理に関するWG報告書
(20111222)
「国際的な合意では、放射線による発がんのリスクは、
100 ミリシーベルト以下の被ばく線量では、他の要因に
よる発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため、
放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明するこ
とは難しいとされる。疫学調査以外の科学的手法でも、
同様に発がんリスクの解明が試みられているが、現時点
では人のリスクを明らかにするには至っていない」。

原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSC
EAR)
国際放射線防護協会(ICRP)
「電離放射線の生態影響に関する諮問委員会の報告」
(BEIR:The Advisory Committee on the Biological
Effects of Ionizing Radiations)
「電離放射線の生態影響に関する諮問委員会の報
告」BEIRⅦ2005 (「一般向けの概要」結論の
前)
  「疫学研究でも実験研究でも、なんらか
 の相関が見出せる線量域なら線形モデルと
 矛盾するものは見出されていない。電離放
 射線の健康影響の主だった研究は 1945年の
 広島・長崎の原爆被爆生存者を調べること
 で確立された。それらの生存者のうち65%
 が低線量被曝、すなわち、この報告書で定
 義した 「100mSvに相当するかそれ以下」の
 低線量に相当する。放射線にしきい値があ
 ることや放射線の健康へのよい影響がある
 ことを支持する被爆者データはな い。他の
 疫学研究も電離放射線の危険度は線量の関
 数であることを示している。」
「さらに、小児がんの研究からは、胎児期や幼
児期の被曝では低線量においても発 がんがもたら
される可能性があることもわかっている。例えば、
「オックスフォード小児がん調査」からは「15歳
までの子どもでは発がん率が40%増加する」 こ
とが示されている。これがもたらされるのは、10
から20mSvの低線量被曝においてである。
 どのようにがんができるかについて線形性の見
解を強く支持する根拠もある。放射線生物学の研
究によれば、「可能な限り低い被曝でできる1本
の放射線の飛 跡は、標的となる細胞の核を通過し
て細胞のDNAを損傷する可能性が低くても一定程
度はある」 。この損傷の一部には、DNAの短い部
分に複数の損傷を起こす電離の「突出」があり、
修復しにくく、まちがった修復が起こりやすい。
委員会は、それ以下で は発がんリスクをゼロに
するしきい値を示す証拠はないと結論した。」
 中川保雄『放射線被曝の歴史』(技術と人間、
1991、明石書店、10月再刊)

  第2に調査対象時期を1950年10月1日以後とした
ことから、つぎのような問題が生まれた。第1にア
メリカ軍合同調査委員会とABCC[原爆障害調査
委員会]は放射線による急性死は原爆投下後ほぼ40
日ほどで終息したと評価したが、そ れ以後もおよ
そ3ヶ月間引き続いた急性死がそこでは切り捨てら
れている。…第2に急性死と急性障害の時期 を生き
抜いたとしても…骨髄中の幹細胞の減尐によるリン
パ球、白血球の減尐は避けられない。…それらの減
尐は免疫機能の低下をもたらし、その結果感染症等
による死亡の増加となって現れたに
ちがいない。
また、骨髄中の幹細胞に残された障害による突
然変異に起因し て、晩発的影響である白血病、再
生不良性貧血や血液・造血系の疾患が発生する。
このように、感染症等にかかって死亡する被爆者
が1950年以前には多数存 在したと考えられるが、
ABCCの調査にはそれらの死亡は全く考慮に入れ
られていないのである。言い換えれば、原爆投下
後の高い死亡率が避けられなかった時期を生き延
びた、相対的に健康な被爆者を対象として、ABCC
がガン・白血病等放射線による晩発的影響関係調
査 を行ってきたのである。」p91

◎放射性影響研究所(放影研)1975年。原爆傷害調
   査委員会(ABCC、1947年)を引き継ぐ。
沢田昭二他『共同研究 広島・長崎原爆被害の実
相』新日本出版社、1999年
「残留放射線による被曝症状の関する系統的な研究
は尐ない。そのなかで、広島の医師、於保源作氏の
疫学調査は注目に値する。原始爆弾災害報告書に見
られる残留放射能の影響について存否の両論がある
ことや、悪性新生物死亡率と原爆放射能との関連性
についての、みずからの調査の途上、残留放射能の
人体におよぼす影響を知る必要を感じ、統計的な疫
学調査を計画し実施した。その結果は「原爆残留放
射能障碍の統計的観察」として日本医事新報の1746
号(1957年10月発行)に発表された。この調査の対
象は広島の2.0km~7.0kmにおよぶ一定の地域に住む
被曝生存者と原爆投下後3ヶ月以内に広島市に入った
非被曝者629名である。」p223-4
於保医師の調査によって、残留放射線による障害が
疫学的に証明されている。残留放射線の影響につい
ては、米軍線量直後の9月6日のマンハッタン工兵管
区調査団長ファーレル准将の「死ぬべきものは死ん
でしまい、9月上旬現在原爆放射能のために苦しんで
いるものはいない」という声明は、原子爆弾の放射
線による晩発障害の存在を否定しようとするもので
あったが、病牀で呻吟する多くの被曝者や家族の怒
りをかった。しかし、一方で3.7節で述べたよう
に進駐する占領軍兵士に対する残留放射能の影響を
懸念し、調査を進める指令が出されていた。実際に
原爆が投下された直後広島、長崎に進駐した占領軍
兵士にさまざまな晩発性障害が現れ、これら兵士に
対する補償法が制定されている。P227-8―→p110-5
Ⅲ.低線量被曝は健康によいことを示す研
  究
◇酒井一夫(電中研→放医研)
 文部科学省放射線審議会委員
 原子力安全委員会専門委員
 国連科学委員会(UNSCEAR)国内対
 応委員会委員長
 日本保健物理学会国際対応委員会
 (旧 ICRP等対応委員会)委員長
 ICRP第5専門委員会委員
 首相官邸原子力災害専門家グループ
 メンバー
 内閣官房低線量被ばくのリスク管理
 に関するワーキンググループメン
 バー
 原子力安全委員会放射線防護部会
 UNSCEAR原子力事故報告書国内対
 応検討ワーキンググループメンバー
 日本学術会議放射線の健康への影響
◇『電中研レビュー』第53号
「巻頭言」
 「今回纏められたこのレビューには、
電力中央研究所の低線量放射線影響
研究グループの最近10 年間の研究の
動向が報告されています。これによって、
ある意味で、我が国は、この分野の研究
で世界をリードしてきたことがわかって
いただけるものと思います。私は、100年余り前に、
 キャ
ベンディシュ研究所を中心にした欧州が原子力研究
 の
「我が国が、低線量放射線生体影響研究の拠点として、
 “生命の基本的仕組みに迫る”という“科学者の夢の
 舞台”になることを大いに期待しています。」
    京都大学原子炉実験所・放射線生命科学
                研究部門教授 渡邉
 正己
*************************
「はじめに」
 「主要な成果を見てみますと、まず疫学の分野では、
 低線量
域の原爆被ばく者のデータを、直線モデルに当てはめる
 こと
なくあるがままに分析することによって、放射線のリス
 クは下が
「そして、このような生体応答の引き金が、DNA
ではなく細胞膜であるかもしれないという仮説を
たて、放射線の影響はDNA の損傷に始まるという
従来の定説(パラダイム)に問題を提起しました。
(中略)
  このような当所の活動は外部からも注目され、
わが国ばかりではなく国外に対しても“低線量放
射線の影響を見直す機運の高まり”に重要な役割
を果たしたものと思っています当センターでは、
原子力の開発利用がますます重要となる21 世紀を
見据えて、人々の放射線影響に対する正しい理解
が一層進むように、また、合理的な放射線防護基
準を見直す動きへの寄与、さらには医療への応用
を目指して鋭意研究を進めてまいります。
 「どんなに微量であって
も放射線は有害であると
いう誤解が放射線・放射
能に関する恐怖感の原因
となっています。/微量
の放射線についてこれま
で断片的に報告されてき
た事例を、統一的に取り
まとめることができない
かと考える中で、「線
量・線量率マップ」に思
い至りました。これに
よって放射線に関する社
会の不安を軽減するとと
もに、低線量・低線量率
放射線の有効利用につな
低線量被曝安全論=しきい値あり論の系譜
     1984年にラッキー博士の論文を知った電中研は、
    ラッキー博士の主張について、その当否を米国電力研
    究所に質問し、米国に責任ある回答を要求しました。
    1985年8月、米国はカルフォルニア大学医学部に頼み、
    エネルギー省と電力研究所の共済で放射線ホルミシス
    の専門会議を開きました。(オークランド)。この会議は、
    予定の3倍を超える参加者で、放射線ホルミシスを肯定
    する専門者会議となりました。カルフォルニア大学と
    協力し、1985年秋、会議の座長を務めた 米国電力研究
    所環境部のレナード・セイガン氏から、「ラッキー博士
    の主張は科学的に誤りではないが、昆虫など小動物
    データーが多い。だから哺乳動物実験など、積極的に
    研究をするべきである。」という回答をいただきまし
    た。
電中研は、この分野で日本一といわれる近藤
宗平博士(阪大教授)に教わり、世界一の放射線分子
生物学者ルードヴィッヒ・ファイネンデーゲン博
士を、ドイツからおよびしてまず講義を受け、資
料調査など準備を開始しました。

   電中研の依頼で、1988年岡山大学がマウス実
験をして、劇的なデーターが得られ、 1989年から
岡田重文(放射線審議会会長、東大医学部)、菅原
勉(京大医学部長)、 近藤宗平(阪大教授)ら20名以上
の日本のこのトップ指導者を含む研究委員会を発
足し、10以上の大学医学部、生物学部と共同研
究を開始し、1990年から明快なデーターが世界の
学術誌に発表されて、世界中に大きな衝撃を与え
ました。
Ⅳ.科学情報と人びとの心理状態への配慮
Ⅴ.科学者の社会的責任と情報公開・対話的
態度

 長瀧重信「放射線の健康影響を巡る「科学者の社会的
責任」官邸HP(平成23年8月23日)
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g14.html

  3月11日から5か月。放射線の健康影響につい
て社会の関心が更に高まる中、私見ですが、改めて
《科学》と《社会》の関わりについて考えます。
  この分野に関しては、いろいろな内容の研究成果
が膨大に存在しています。そのため、ある特定の個人
的あるいは社会的立場から主張を行う人が、それに
ちょうど良く合致する研究成果を選び出せば、いろい
ろな立場を「科学的に正しい」と主張できてしまいま
す。そのようにして、各々の科学者による「科学的に
正しい」主張が林立するばかりでは、社会は混乱して
しまいます。
放射線の健康影響という《科学》は、原子力の
利用にとどまらず、産業や医学における放射線の利
用、放射線の防護、被ばくの補償といった問題まで、
《社会》と密接にかかわっています。特に、今回の
ような現実の原子力災害に際しては、科学的な提
言は、否応なく社会に大きな影響を及ぼすことに
なります。
  もちろん、学問上の議論は、科学の進歩のた
めにも大いに推奨されるべきです。しかしこのよう
に《社会》に影響が直接に伝わる状況下では、
《科学》的な結論が出るまでの議論は、まず責任
を持って科学者の間で行うべきです。その上で、
社会に対して発せられる科学者からの提言は、一
致したものでなければならない。特に、原発事故
が収束していない現状においては、そう強く思いま
科学者にまず求められるのは、国際的に合意が得
られている過去の知見を、分かりやすく社会に示す
ことです。科学的事実とされるもののうち、①「国
際的に合意に達している事項はどこまで」と明確に
表明し、②合意に達していない部分は「科学的に不
確実、あるいは不明である」と一致して社会に示す
必要があります。現状では、①と②が混然一体と
なって社会に出回り、一般の方々に「何を信じれば
よいのか」という不安感をもたらしています。②に
ついて「不確実だから語らない」という姿勢が、
「不都合だから語らない(隠し ている)」という誤解
を招いたりもしています。科学者は、こうした情報
の混乱が起きぬようにする社会的責任を負っている
ことを、十分に自覚すべきです。私 は、一人の科学
者として常にこのことを念頭に置いて行動していま
す。
合意が得られている《科学》的な事実に基づい
て予見する、「放射線による具体的な被害」。一
方、住民の方々の転居や行動制限など《社会》的
な措置によっ て現実に生じる「防護に伴う具体的
な被害」。この両者を考慮し、「トータルの被害
を最小にすること」を最大の目的として、関係者
が一体となって住民の方々と対話を繰り返し、総
合的な対策を講じていくことが大切です。
  原爆被ばくによる様々な経験・知識を有する
唯一の国として、諸外国の模範になるような対策
を発信してゆけることを願っています。わが国の
ためにも、世界のためにも。
 放射線の専門家が科学的な事実や評価について丁寧
に述べたり、討議したりするよりも、実践的な結論
を提示して人びとをそれに従わせることを好んだの
はなぜか?

 科学的には多様な評価がありうることを知っていて、
  ある立場を強く押し出す根拠は?ここで「リスク管
  理」や「リスク・コミュニケーション」が取り上げら
  れる。
 その際、リスクについては当事者や他の領域の専門家
  よりも放射線の専門家の方が習熟しているという認識。
 したがって専門家としてしろうとに対して、「正しく
  怖がる」ことについて教えてあげることができるとい
  う認識。
 生命倫理のインフォームドコンセントを想起しよう。
低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググ
ループ報告書(2011年12月22日、11月9日から12月
15日までの8回の会合)

 神谷研二氏(福島県立医大副学長)
「福島原発事故後、放射線の単位や放射線情報が氾
濫した。しかし、住民には、放射線データの意味や
評価が十分に説明されず、専門家の意見も異なった。
即ち、リスクコミュニケーションの不足が、住民の
健康に対する不安を増幅した。LNT モデル(これが
何を指すかについては後述)による低線量放射線の
リスク推定は、その可能性の程度を確率的に推定す
るものである。従って、リスクを確率論的に捕らえ
ることと、リスクの比較が重要であるが、国民はそ
れに慣れていない。国民もメディアも、シロかクロ
かの二元論でとらえる傾向があった。これを克服す
吉川肇子「リスク・コミュニケーションのあり方」
『科学』2012年1月号

「リスク・コミュニケーションの定義は、1989年の米
国研究評議会によるものが代表的である。原文は長い
ので要点のみ述べると「個人、機関、集団観での情報
や意見のやりとりの相互作用的過程」となる。この定
義で重要なのは、リスク・コミュニケーションを送り
手と受け手との相互作用過程であるとしているところ
である。 つまり、リスクに関する情報が、送り手か
ら受け手へ一方向的に送られるばかりでなく、受け手
から送り手へも、たとえば意見というような形で、情
報が送られる。この点で、リスク・コミュニケーショ
ンは、一方向的な「リスクの情報伝達」とは、明確に
区別される。また、それは単なる意見と情報の交換で
はなく、「相互作用的」に行われなくてはならない。
単なる双方向の情報交換だけではなく、相互に働きか
「原発事故以降、放射線リスクに関して、「正し
く怖がる」という表現がしばしば使われている。こ
の表現がリスク・コミュニケーション上問題になる
のは、(放射線)リスクについて、人々が合意し
ないのは、適切な科学的知識を欠いているからで
あるという「欠如モデル(deficit model)」が含
意されているからである。「正しい」とか「正確
な」という表現は、あたかもこの問題に対して合意
された正解があるように錯覚させる。しかし、健康
影響の問題の焦点である低線量放射線の晩発的影響
については、現状で正解が得られているとはいいが
たい。これから情報を蓄積し、議論を積み重ねて
いくしかないが、それを専門家や行政のみが独占
してよいものではない。多くの人の参加が欠かせ
ない。」

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