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第3の時間を生きる
ー市民として学び、生きるー
池田政隆
市民として、日本人として、
大人の私たちが求める学びとは 戦前の
日本
国家>企業>市民
企業>市民
市民>国家>企業
現在の
日本
理想の
日本
シチズンシップ教育の欠如
 学校を卒業し、日々実社会を生きる大人たちは、今、
どのような学びを求めているのであろうか。世の中の IT
化・グローバル化により、私たちの仕事や日常生活も
大きく変化を遂げている。戦後の高度経済成長期のよ
うな、ある程度予測可能な成長を見込めた時代とは異
なり、現代は不確実な時代である。人口減・少子高齢化・
新興国の台頭・グローバル競争・諸外国との領土問題
など、ビジネスの環境変化やグローバル化に伴い、私
たちは改めて一市民として日本人として、どのようなア
イデンティティを形成していくべきか問われている。
 日本型雇用システムの象徴とされた終身雇用・年
功序列の制度は、バブル崩壊と共に影を潜め、変わっ
てアメリカ型新自由主義の下、成果主義・実力主義
の人事評価が導入された。古来日本の伝統的な間人
主義をベースにしたコミュニティ形成の在り方は崩
れ、和ではなく個を重視した価値観が、ビジネスの
現場で広まっていった。そのような中、1990 年代に
は過労死が問題となり、2000 年代は、非正規雇用や
ワーキングプアが社会問題となった。そして現在は、
サービス残業に過酷な労働環境を強いるブラック企
業などが問題視されている。
 混沌とした社会を生き抜く上で教育は重要な意味
をなすが、とくにシチズンシップ教育という観点で捉
えると、学校教育もまた迷走を続け、十分なシチズ
ンシップ教育の実践がなされてこなかった。これは戦
後民主主義の中で、国家との関係を引き受けること
自体をタブー視する風潮があり、その結果シチズン
シップという概念が十分に育たず、国家を代替する
ものとして、企業社会が全面に出てきたからである。
(小玉 ,2003)。これは、私たち日本人にとっては悲劇
であり、市民として政治とどのように立ち向かってい
くのか、何をどのように主張し、よりよい生活の権利
を獲得していくのか、その術を学ぶことなく、今日ま
である意味国家不在の企業社会が全面に出た社会が
形成されてきた。
 今こそ、自分たちが何者であり、どのような生き方
をしていくことが幸せなのかを考える上で、シチズン
シップの在り方を考えることは、とても重要である。
そして、現代の若者たちが不確実な世の中で、グロー
バル化の荒波、ブラック企業の影に怯えることなく、
国家・社会・企業と正面から対峙できる能力を養成
するシチズンシップ教育が求められている。ここでは、
既に社会人として生活を送る大人にとっての学びと
は、いかなるものかを考えてみたい。
市民
市民
企業
国家
企業
国家
市民
不可逆的時間世界 円環的時間世界
現代社会の2つの時間世界
〈不可逆的時間世界〉と〈円環的時間世界〉
現代社会に流れる時間に着目
 21 世紀の IT 革命により、世の中の働き方・ライフ
スタイルは大きく変容を遂げた。世界を瞬時に繋げ
る情報化・グローバル化の波は、私たちの日常生活
における時間の流れをも変えた。
 現代社会のビジネスパーソンは、先の読めない
マーケットで、国内外の競合他社と生き残りをかけた
熾烈な争いを繰り広げている。その仕事の空間に流
れる時間は、過去から現在そして未来へと一方向へ
と流れ、不可逆的時間がそこには存在する。一方、
都心のオフィス街から地方へ目をやると、そこには山
林や農地、海といった自然と深く向きあい仕事に従事
する第 1 次産業がある。林業や農業など、春夏秋冬、
毎年同じサイクルで時間を過ごし、同じように仕事を
進める人々がそこには存在する。このことについて、
内山は『時間についての 12 章』で企業ビジネスの中、
ビジネスパーソンが働く世界を「不可逆的時間世界」、
第一次産業のような世界を「円環的時間世界」と称し、
日常生活に存在する 2 つの時間世界に注目している。
しかし、ここで、改めて現代社会のライフスタイル、
ワークスタイルから時間を見つめ直すと、そこには新
しい時間世界の存在が見えてくる。
第 3 の時間世界
不可逆的時間世界 円環的時間世界
仕事 家事
今、大人たちが
新たな時間世界を創出している
挑戦 第3の時間の創出
 近年、ワークライフバランスの実践者として、多くの
働く女性が、仕事と家事の両立に取り組んでいる。彼
女たちの生活を時間世界で捉えると、そこには、仕事
場と家庭での異なる時間世界が垣間見られる。仕事場
での時間世界は、職種や業務内容によっても時間の質
は異なる。売上の数字や新規開拓などを求められる営
業職などでは、日々不可逆的時間が流れている。また、
事務職などでは、日々のルーティーン業務を通じ、円
環的時間世界が形成されていると考えられる。
 ひとたび職場を離れると、家事・育児というフィール
ドにおける時間世界が存在する。時にそれは職場とは
異なる時間世界でもある。異なる時間世界を生きるこ
とにより、新たな学びが生まれるのである。凝り固まっ
た思考を解きほぐしてくれる場として、異なる時間世界
に身を置くことの重要性に気づいた大人は、自ら新しい
時間の創出を試み、様々な形で実践している。
その一例として挙げられるのは、近年の「朝活」と称
した早朝の異業種交流だ。「朝活」は、仕事場とは異
なる時間空間を通じ、新しいアイディアや価値観を共
有する場として機能している。また、近年男性の育児
参画(イクメン)が注目されているが、育児に参加す
ることにより、職場と異なる時間世界に身を置くことが
でき、新しい視点や考え方が身に付くということが挙げ
られる。そして、これらの時間世界は、従来とは異なる、
新しい時間世界を形成している。それは、円環的機能
を有し、かつ持続的発展を志向する時間世界であり、
第 3 の時間世界の誕生である。 
不可逆的時間世界 円環的時間世界
第 3 の時間世界
時間世界の超越と学び
大人は異なる時間世界を認識し、
学びを深める
時間世界の越境と学び
 第 3 の時間世界とは、円環的サイクルで持続的に発
展していく、ある意味、不可逆的時間と円環的時間を
併せ持った時間世界である。実際、日常の生活シーン
でどのように第 3 の時間世界が構築されているかを考
えてみたい。
 一例として挙げられるのは、現在、新しい経営手法
を用いて農業にチャレンジする若者たちの取り組みで
ある。彼らは、近代的経営手法と IT を駆使した生産管
理システムを構築し、稼げる農業を実践している。この
現場で流れる時間は、重層的である。自然と対峙し季
節ごとに作物を育て収穫する、毎年決まった円環的時
間の中仕事を進めつつも、最新テクノロジーを駆使し
た生産設備を整え、天候不順などにも対応した収益源
の確保と売上高の増加を目指した、不可逆的取り組み
もそこには存在する。
 
 そして、このような円環的かつ不可逆的時間世界の
中で常に持続的発展を目指す世界は、仕事場のみなら
ず、私たちのライフスタイルにも存在している。1億総
中流社会から勝ち組負け組の二極化、更なる貧富の格
差が広がり、中流層が減少している今、多くを望まず、
緩やかな成長を望み、日々の生活を送るライフスタイ
ルは、まさに第 3 の時間世界の中での生き方である。
従来の時間世界とは決別し、新たな時間世界を通じ、
自らの生き方を確立する人々が誕生する
一方、異なる時間世界を往復しながら日々、自らのア
イデンティティを模索し、自分磨きに取り組む人々もい
る。今、大人たちは、時間世界と学びの関係性に気づき、
動き始めている。
緩やかな
スパイラル
大人たちが創出する新しい時間世界
国家・企業と対峙し、
自らの生き方を貫く
 現代の不確実な時代を生き抜く上で、私たちはいか
に時間世界を捉え、その場を通じ自己を磨いていくか、
また、いかに自分らしく生きるかが重要である。時間の
流れを見誤り、また、潮目にはまることにより、行き先
を見失う危険性も十分あり得る。このような危険を察知
し、自らが主体的に時間世界の大海原と対峙し、舵を
切り進む力を養うことが必要である。国や企業が描い
た航路を歩むのではなく、自らが航路を描き、市民と
して主体的に生きることが求められている。この世の仕
組まれた社会システムの中で生かされていくのか、そ
れとも、自らの意志でこの世の中のシステムを変え、
真の市民社会を構築していくのか。今、私たちはここ
に改めて日本のシチズンシップ教育再考の時を迎えて
いる。
企業
国家
市民

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