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平成25年「博物館総合調査」に見る日本の
自然史標本の現状とその研究・管理体制
佐久間大輔(大阪市立自然史博物館)
自然史標本の価値
文化的価値:地域の自然環境とその変遷、社会との関わりの記録(生物多様性の文化的サービ
ス)。自然と関わるコミュニティや先達の記録の総体
学術的価値:分類学・生態学などの研究対象として、また学習の素材として
社会的価値:環境行政の根拠資料として。過去の環境政策を記録するアーカイブとして
野外の生態系をモニタリングするための比較対象として(保全のツール)
本報告の動機:その自然史標本を将来に渡り保存継承するための政策体
系はあるのか?N0
文化財保護法ではカバーされず、博物館法も十分ではない。いわゆる
「自然史財」や「国立自然史博物館」などの構想を正しく機能させるた
めには、実態把握が必要!!
ざっくりいうと
Q1:自然史系標本数の現状と変遷 1980年代以降全体として急激に増加、特に地域博物館で大幅に増加
博物館法や文化財保護法などの体系はその状況に追いついていない?
Q2:誰が自然史系標本をになっているのか、その構造 80年代までは大学中心、近年は地域博物館も重要
どこかに集約するのでなく、ネットワークで維持する政策が必要?
Q3:地域博物館の標本はどこから来たのか? 大学周辺にあった研究者所蔵標本、アマチュアコレクターの
標本、RDBや生物目録調査に伴って新規に採取された標本
大学標本:分類学、過去の研究により重要 博物館:より現在の分布、環境研究に重要?
データソース:平成25年「博物館総合調査」www.museum-census.jp 日本分類学会連合国内重要コレクション調査 www.ujssb.org/collection/
文部科学省「社会教育調査」www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa02/shakai/ 馬場金太郎, 平嶋義宏編 1991昆虫採集学九州大学出版会
学術振興会 大学所蔵自然史関係標本調査会編集「大学所蔵標本総覧 : 自然史関係」(1981) ほか
Q1:博物館の自然史系標本数の現状と変遷
●平成23年現在の博物館(登録博物館、博物館相当施設、博物館類似施設)所蔵の自
然史系資料総数53,285,808 点
この数字には大学博物館、国立博物館などは博物館相当施設、類似施設としてカウ
ントされている。
1980年代以降、増加が激しい。統計の内容が変更されているため比較可能な登録博物
館で比較しても、博物館数の増加だけでなく一館あたりの資料数も増加している。
この増加は自然史資料だけではなく、人文系資料も同様な状況。
●地域や個人が持っていた資料が博物館に集まっている社会状況を反映している?
●文化財保護法制定時は自然史資料は対象に入っていなかったが、博物館法が制定され
たときには自然史系も資料として対象。現在これだけ増加した状況では再考が必要。
GBIFに登録された標本データを見ると
やはり1980~90年代以降の登録標本の増
加が見られるが、新規入力が電子化された
事によるバイアスも大きい。それでも植
物で1990年代以降減少している点は重要。
採集者の高齢化、新規の採集者の不在(
志賀 2013)を見ると、新規の野外採集の
標本が増加しているとは思いにくい。
Q3博物館の標本はどこから来ている?
●平成25年博物総合調査(日本博物館協会と科研費グループが主体、自主回答。調査対
象4,400館、回答2,700館、資料数回答1,371、補正して1,377館のデータ)では資料総
数は23,776,176点(件のものも含む)。個別データとして解析をできる機会を得たの
で補正をして解析する。
どんな博物館が標本を持っ
ているのか、を右に示した自
然史博物館は当然ほとんどの
博物館が標本を持ち、全体の
半数がこれらの館にある。
総合博物館にもたいてい自
然史標本標本があり、総数も
多い。また植物園にも意外と
多くの標本が保管されている。
規模別で見ると10万点以上
の43館で19,514,024 点とな
り、全体の82.7%となる。数
の上では大規模館が骨格をな
し多くの中小規模館が地域ご
との多様性を増している構造
にある。実際これらは右図の
ように全国に分散している。
なお、この数値には大学学部、研究所、試験
研究機関などに所蔵される資料は含まれていない。
1981年時点で大学には27,713,856点が所蔵さ
れていた。
0
2000
4000
6000
8000
10000
12000
14000
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
1000
1955
1960
1963
1968
1978
1981
1984
1987
1990
1993
1996
1999
2002
2005
2008
2011
登録博
物館数
1館あ
たりの
標本数
0
10000000
20000000
30000000
40000000
50000000
60000000
1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020
登録博物館の自然史標本
登録+相当+類似
登録+相当
0
1000000
2000000
3000000
4000000
5000000
6000000
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8000000
1955
1960
1963
1968
1978
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1984
1987
1990
1993
1996
1999
2002
2005
2008
2011
植物標本
参考)考古
参考)民俗
参考)歴史
0
100000
200000
300000
400000
500000
1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010
Record number of specimens from
GBIF data by date
plantae
animalia
Q2:自然史系標本の担い手
●大学所蔵標本調査は1981年時点でのデータしかないため、大学所蔵標本の現状はわから
ない。このため、1981年時点での社会教育調査や国立科学博物館などの紀要、さらに
2011年時点での日本分類学会連合国内重要コレクション調査 をもとに、植物標本だけを
抽出して比較をした
1981年と2011年での最も顕著な差は地域博物館の占めるウェイトの急激な増加である。
また、大学所蔵標本が減少していることも重要なポイントである。
2011年の状況をもう少し
分割したのが右図。大学
所蔵標本のうち約半数が
大学博物館に移管されて
いる。大学学部・院の講
座内に所蔵されたままの
物も多い。これらの中に
は現状不明なものも少な
くない。(分割してある
部分が社会教育調査、博
物館総合調査の対象部分。)
昆虫標本などでは独法研究
機関や昆虫館にも大量の標
本が保管されるなど状況が異なる部分もあるが、大学よりやや少ないくらいの標本数を
地域の博物館が担っている構造は他の調査からも同様である。
0 2,000,000 4,000,000 6,000,000 8,000,000 10,000,000 12,000,000 14,000,000 16,000,000
Plant specimens 2010s
Plant specimens 1980s
Universities
Local Museums
National Museums
Botanical Specimens
Universities (faculty &
research institutes)
University Museums
Local museums
National Museums
Local Institutes
National research
institutes
Private institutes
Q3. 地域博物館の標本はどこから来たか?
1970~80年代に数多く(自然史系
を含め)博物館が新設されたこと、
90年代以降のレッドデータ調査や
インベントリー調査によって新規採
集標本が増加した部分があったが、こ
れだけで全体の増加は説明できない。
多くは博物館への寄贈・移管によ
るものと思われる。この中には標本
の維持管理はできなくなった大学か
らの移管も少なくなく、また大学関
係者が大学に残せず、自宅で管理し
ていた標本も少なくない。
大阪市立自然史博物館に関係する
この数年の事例だけでも
本郷菌類コレクション(滋賀大)、橋本忠太郎コレクション(滋賀大学)
鳴橋バラ科コレクション(富山大)、吉良貝類コレクション(京大、琵琶湖研)周辺を
見ても和歌山大和歌山自然博、頌栄短大兵庫ひとはくなど、動きは激しい。
またアマチュアコレクターの個人コレクションの寄贈も多い。
吉見昭一コレクション(京都)、桑島コレクション(大阪)、清水コレクション、西川
コレクションなど。これまで個人が収集し、その後も公民館や学校などで地域に維持さ
れてきた標本が管理しきれずに博物館へと集まっている状況がある。
コレクターの減少を差し引いても、今後もしばらくは博物館に標本が集まる状況は続
きそうだ。しかし、地方博物館の収蔵余力は枯渇しつつあり、限界を超えている。一
方、これらは戦後高度成長期の環境変化を克明に捉える資料群であり、日本全体での自
然史系資料をどう保全、管理していくのか、戦略が必要である。
おわりに
このような、自然史系資料の所在状況を前提に、「国立自然史博物館構想」を含めた
自然史資料の保全論議を進めるべきであろう。個人的には左のような大規模館がネット
ワーク化して地域の資料の保全に当たる施策が最も適すると考えている。
2011年3月の東日本大震災時のような資料の緊急保全や安定化処理が必要な場合も想定
した議論のためには、民間所蔵標本や、大学博物館以外の標本の現状把握も重要であ
る。こうした資料の価値付の議論として近年では、文化財保護法上の定義には当てはま
らないものの「文化財など」として実態として対象にする議論や、「博物館法上の資
料」である(またはその候補である)ことを重視した保全議論(吉崎2016)も見られ
る。
生物科学の証拠であり将来の研究資源である自然史資料を保全する議論の主体は生態学
会関係者を含めたナチュラリストの方にかかっている。

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