アザー・ガット「文明と戦争」を読んで
- 2. 2. 著者 (Azar Gat) について
• 経歴
– 1959 年 イスラエル ハイファ生まれ ( 53 歳)
– イスラエル ハイファ大学(学位)
→ テルアビブ大学(修士)
→ 英 オックスフォード大学(博士)
– 米 エール大学等で教鞭を執る
– 現在 テルアビブ大学 教授
• http://socsci.tau.ac.il/sec-dip/index.php/people/gat-azar-prof
• 軍事史、戦争・戦略分野の新進気鋭の研究家
• 動物行動学、進化論から政治学まで幅広い分野
をカバー
- 3. 3. この本の主題
• 「戦争の謎」
– なぜ、戦闘を行うのか?
– 戦闘は人類の本来的なものか?
– それとも後天的なものか?
– 人類の歴史で戦闘は、いつ発生したのか?
– 「戦争」とは「人類」にとって、何か?
• 戦争/戦闘
– 人類の致死的、かつ、破壊的な活動
- 4. 4. 本の構成
• 3 部、 17 章で構成 • 第一部
– 上下巻 – 過去 200 万年間の戦争
– 約 1000 ページにおよ • 原始社会における戦争
ぶ大著 • 第二部
– 農業、文明、戦争
• このレポートでは、 • 農耕社会と国家の出現
時における戦争
主に上巻の内容を解
• 第三部
説する
– 近代性 (Modanity)
• 近代、産業革命におけ
る戦争
- 5. 5. 戦争は人間の本性か?
• 人間は生まれ持って戦争する生物なの
か?
– 人間の行動は 2 つの影響を受けている
• 生物としての「ハードウェア」
• 文化等の「ソフトウェア」
– 「人間の自然状態」が分かれば良い
– 約 200 万年の人類の歴史を考える
• 古典的論争( 17~18 世紀)
– 「ホッブズ」と「ルソー」
- 6. 6. ホッブズとルソー
• Thomas Hobbes
– 1588-1679
– イングランドの哲学者
– 著書 「リヴァイアサン」
• 人間の自然状態は戦争状態
– 「万人の万人に対する闘争」
• 国家の形成によって平和になった
• Jean-Jacques Rousseau
– 1712-1778
– フランスの哲学者
– 著書 「人間不平等起源説」
• 先住民は分散して生活し、
同調的な性格で平和に生きていた
• 戦争は文明によって発明された
- 7. 7. 人類の歴史
• 200 万年のうち、 99.5% は「狩猟採集生活」
– Homo eretus : 200 万年前
• 道具/火の使用、意思伝達
– Homo sapiense : 50 万年前
– Homo sapiens sapiens : 10 万年前
• 農耕社会が始まる : 1 万年前
1 メートルの内、
わずか 5mm
人類の歴史
0% 20% 40% 60% 80% 1 00%
狩猟採集社会 農耕社会
- 8. 8. 殺人するのは人間だけか?
• 殺人 = 同種間での暴力/殺傷
• ロバート・オードリー 「アフリカの起源」 ( 1961 )
– 人は特別
– 他の動物は同種を殺したりしない
• コンラート・ローレンツ「攻撃 – 悪の自然誌」 ( 1966 )
– 草食動物も同種間で戦う
– でも、殺さない
– 原因は「資源」と「メス」 (それらが確保できれば、それ以上攻撃し
ない)
• ジェーン・グッドールによるタンザニアでのフィールド研究
( 1960 年代中頃)
– チンパンジーは肉を欲しがり、同種を殺す(メスも子供も)
– 嫉妬深く、争いを好み、殺害し、戦う
• 他の動物世界でも同種間の殺害は一般的
– 動物の死因の最も多い原因の一つ
- 9. 9. 動物一般の同種間の殺害
• 人間以外の動物でも、同種間の殺害は高い確率
で行われている
– ライオン、オオカミ、ハイエナ、ヒヒ、ネズミ、サ
ル、ゴリラ、鳥類
– 原因 : 餌食、パートナー、その他(縄張り)
• むしろ、他の動物に比べて同種間の殺害は、人
間の方が少ないぐらい
• 一方で、ピグミー・チンパンジーやボノボは
– 自由な性交、ほとんど暴力を伴わない牧歌的生活
• 「自然状態」の人間はどうか?
- 10. 10. 狩猟採集民は戦ったのか?
• 20 世紀初頭は「ルソー派」(人は平和)が支配的で
あった
– 国家形成以前の社会は平和で、戦争は後の文化的な発明
• ローレンス・キリー「文明以前の戦争 – 平和的野蛮の神
話」 ( 1996 年)
– 新石器時代(農耕・畜産が始まる)に戦争が存在した
• それ以前の更新(洪積)世( 200 万年前 ~1 万年前)は
どうか?
– 考古学による証明には限界がある
– 現存する狩猟採集民はどうか?
- 11. 11. 現存する(した)狩猟採集
民
• 1960 年代に調査・分析が進んだ
– 中央カナダ 北極エスキモー
• 拡散して住んでいるが、いさかいや殺人が起きていた
– グリーンランド、アラスカ沿岸のエスキモー
• 好戦的
– その他平和とされる部族も、過去の戦闘の証拠が見
つかった
• 狩猟への依存度が高いほど、戦争の頻度は高ま
る
- 12. 12. 調査された狩猟採集民
• 調査された単純狩猟採集民
– 戦闘を行い、死傷者が出た証拠がある
– しかし、(調査等のための)外部の影響を受けた可
能性がある
• 汚染されたサンプル
– 狩猟採集民には、文字による記録がなく「 Native
な」状態が分からない
• 農耕民、牧畜民の影響をほとんど受けていない
純粋な狩猟採集民を観察する必要がある
- 13. 13. 現存した「純粋な」狩猟採
集民
• オーストラリア大陸のアボリジニ
– 1788 年にヨーロッパ人が入植
– それ以前は、農耕民、牧畜民は存在しなかった
– 30 万人の狩猟採集民がいた
– 400~700 の地域集団
– 各集団には 500~600 人の構成員
– それぞれの縄張りが存在
• ルソー派の言う「広大な共有地」はない
– 特定の土地に縛られた遊牧民
• その他、「タスマニア先住民」など
- 14. 14. アボリジニの実地調査
• M. J. メギット
– 19 世紀中盤以降
– ワルビリ族 (オーストラリア中部の砂漠地帯)
– 人口密度 : 90 平方キロメートル辺り一人
• ちなみに、山手線の内側の面積は 63 平方キロメートル
– 他の部族への侵入
• スポーツとしての狩りと女性拉致を兼ねた急襲
• 双方に死者
• などなど
• 彼らの殺人率は、戦争のある近代社会よりも高
い
– 3000 人のうち、 100~200 人が殺された
- 17. 17. 複合採集民族の研究
• 北アメリカ大陸北西沿岸部
• 西洋人の入植は 18 世紀後半
• インディアンやエスキモーが居住
• 人口密度
– 1 平方マイル( 2.5 平方キロメートル)辺り 3~5 人
– 比較的高い
• 凄惨な戦争が絶えず起きていた
– 資源の獲得競争 (資源が豊富でも、人も増える)
– 社会階層が発展
– 境界線をめぐる争い
– 女性の獲得
– ひけらかしの消費の出現
- 19. 19. 結論 (1)
今日なお幅を利かせるルソー派の見解に反し、
戦闘は最近の発明ではない
P.47
戦争は最近になって現れた文化上の「発明」ではなく、
人間にとって「自然な」ものとは断言できないまでも、
「不自然」であると言い切ることもできない
P.61
- 21. 21. 進化論と戦争
• 進化論
– 最も生存/生殖能力が高いものが数を増やし、生存
/生殖の資質を向上させた
• 生存に必要な資源による獲得競争が発生
• 獲得競争の直接的手段として、競争や紛争は、
生存競争における有効な技術であった
• 生殖に関しては、同一の生物種での競争が激し
い
• ただし、本気で戦うと、自分が死ぬ可能性があ
る
• 血縁を守るために、利他的な自己犠牲として戦
う事が考えられる
- 24. 24. 宗教と戦争
• 宗教
– ホモ・サピエンス・サピエンスの進化した
「ソフトウェア」における「バグ」「寄生
虫」「ウィルス」
• 人は、宗教に莫大な投資をしてきた
• 言語、宗教、芸術、地域集団の形成が相
まってホモ・サピエンス・サピエンスの
戦争における優位性をもたらした
- 25. 25. 戦争の動機
• 戦闘によって得られる報酬とは何か?
– 女性 (性行動への欲求)
• 直接的な、生存行動とは異なる (子殺しの実態)
– 狩猟のための縄張り
• 狩猟採集民が肉を獲得するために戦った
• 草は奪わない(栄養価の密度が低く、効率が悪
い)
–水
• 生存に直接必要
- 26. 26. 生殖と競争
• メス
– 一度の受胎を最大限に活用するため、優秀なオスを選ぶ必要が
ある
• オス
– 理屈では、残せる子供の数は無限
– オスの性的性交を阻害するのは他のオスとの競合のみ
• 人間は、生来、一夫一婦制ではない
– 経済力に応じて、多くの妻と子供を持つことができた
– (倫理における性的な不貞を論じているわけではない)
– 3 人以上の妻を持てたのは既婚男性の 10~15% 程度
(アボリジニ)
• 成功する男性
– 優れた供給者で、腕力があり、社会的に目端が効き、大きな家
族の出身
- 27. 27. 一夫多妻制
• 女性の希少価値を高める
• 男性間の競争を激化させる
• さらに
– 狩猟に依存している社会では女児殺しが頻繁にみら
れる
– エスキモー
• 幼児期の男女比率 = 150 : 100
– アボリジニ、ヤノマミ等の他の多くの民族で見られ
る
• NHK スペシャル 「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生き
る」
– http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012035560SA000/
– 更に女性の希少性を高める
• 男の婚期を遅くする事で帳尻を合わせた
– 多くの男が暴力や事故が死ぬ
- 28. 28. 男は獣か?
• 戦闘は男と結びついてきた
• 体力 : 男 > 女
• 脳科学
– 男性:空間把握、数学能力
– 女性:空間記憶、言語能力、対人における心的状態の把握
• 男は乱暴
– テストステロン
– 同性間での殺人
• 男対男は、全体の 92%~100%
• 男と女は違うもの
– 北欧では女性の 80% が働いているが、男女比が同じ職業に従事
する女性は全体の 10% だけ
- 29. 29. 戦争の動機 Part2
• 戦闘の動機として二次的な原因も • 食人
ある – 幾つかの事例はあるが、あまり広
まらなかった
– 理由
• 支配 (順序、地位、特権、名誉) • 同種の動物を捕食するのは危険
– 資源を多く獲得できる – 限られた事例の理由
– 実態に関わらず、他からどう見え • 敗者に対する優越感
るか
• 遊び、冒険、加虐嗜好、恍惚
• 復讐 (排除と抑制) – 遊戯は全ての哺乳類の特徴
– しっぺ返し - 直感的欲望
– 戦いの準備としての遊び
– 囚人のジレンマ – 裏切る事が合理
的 – 「自己顕示」や「無目的」は例外
• 終わりのない戦い、悪循環
的な動機
• 終わらせる方法
– 双方で和解を受け入れる
– 第三者の助け
• 安全保障
– よそ者への警戒 → 相手も警戒 →
軍備競争
– このような悪循環を断ち切る方法
• 友好的訪問と儀礼的な饗応
- 30. 30. どのように戦ったか?
• 自己に有利な場合にのみ戦う
• 敵に止めを刺す事に固執しない
– 反撃にあって深刻な怪我を負うリスク
• 同種での殺害
– 生殖や餌のために弱い競争相手を殺す
• 無防備な子供やひな
• 奇襲攻撃
• 未開の戦争
– 本当にやる場合 : 夜の奇襲
– 争いを終わらせたい場合 : 形式的な戦争ごっこ
- 31. 31. 国家と戦争
• 国家形成によって、戦闘による死亡率を下げた?
• 暴力による死亡率
– 狩猟採集社会 (未開社会)
• 15% (男性の 25% )
– 第二次ポエニ戦争 ( BC218 - 202 )
• 成人男性の 17%
– フランスの戦死者
• 17 世紀 : 1.1% 、 18 世紀 : 2.7% 、 19 世紀 : 3%
– アメリカ南北戦争
• 1.3%
– 第一次世界大戦 (仏+独)
• 3% (成人男性の 15% )
– 第二次世界大戦
• ソ連 : 15% 、ドイツ : 5%
• 平均で考えると、未開社会より国家形成後の方が死亡率が低い
- 32. 32. まとめ
• 人間は、他の動物と同じように、同種間で殺し
合ってきた
• 原因は、資源(食べ物や生殖)の獲得に関する
競争 (欠乏)
• 政府が存在しない状態では、更に多くの暴力が
蔓延
– 【アラブの春、イラク、アフガニスタン】
• 戦闘そのものよりも、起きるかもしれないとい
う危険性が人類に影響を与えてきた
• 競争と紛争は自己増殖し、双方に被害をもたら
す